「やさしい易」発売・六十四卦早見表

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2017年4月29日 (土)

ジャータカ(二四)…お釈迦さまが愛妻に先立たれた信者を慰める

お釈迦さまの死後に仏教教団の指導者となったマハーカッサパは、かつて結婚していましたが、何らかの理由で出家し、お釈迦さまの弟子となりました。
 
既婚者が出家するのは当時のインドでは珍しいことではなく、他ならぬお釈迦さまがそうでした。それどころか、夫婦でそろって出家をして、ともに天界に生まれ変わることを願う風習もありました。
 
マハーカッサパの結婚には不思議な説話が残されています。
 
 

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2017年4月26日 (水)

ジャータカ(二三)…マハーカッサパ(大迦葉)

サーリプッタの死後、教団を指導したのはマハーカッサパでした。彼は第一回結集の座長でした。彼は清貧を旨としたといわれています。僧侶としての彼は地味な人であったようで、特別な逸話は残っていません。ジャータカに残る逸話も、彼のまじめな性格を表しています。
 
原始仏教教団の修行風景がうかがえる、彼の逸話を紹介します。
 
 

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2017年4月22日 (土)

ジャータカ(二二)…法の将軍サーリプッタ

サーリプッタは優しく人間味ある人でした。しかし、不真面目な弟子などがいると、厳しいことを言って突き放すこともありました。ここら辺は、人付き合いが上手で、権力者や在家信者をうまくあしらったアーナンダと異なるところです。
 
ジャータカではサーリプッタは「法の将軍」と呼ばれています。彼の生前のニックネームだったらしいです。仏教でいう法とは人間が生きていく上で必要とされる法則のことです。法の将軍とは、自己統制がとれた人という意味になるでしょう。
 
仏教信者がサーリプッタをお釈迦さまの次に尊重していたことは説明するまでもないので、それではごく普通の人からはどのようにみられていたのかをジャータカの説話から探っていきましょう。
 
 

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2017年4月19日 (水)

ジャータカ(二一)…禅に残るサーリプッタの痕跡

サーリプッタはお釈迦さまの教えを最もよく理解していたといわれています。仏弟子にも信頼され、「法の将軍」と呼ばれていました。非常に理知的で戒をよく保ったと言われています。
 
また、サーリプッタはお釈迦さまの息子ラーフラの親教師でした。出家したばかりの若い僧侶を教え導く先生です。お釈迦さまから信頼されていたことがうかがえます。
 
しかし、ジャータカにはサーリプッタの意外な一面が記録されています。サーリプッタは料理が上手でした。食べ物に関連した説話が複数残されているのです。そして、彼は病人を適切な措置で何度か救っており、彼には医術の心得もあったようなのです。
 
 

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2017年4月15日 (土)

サーリプッタ

正史が伝えるサーリプッタはいかなる人物だったのでしょうか。
 
中村元の「仏弟子の生涯」によると、サーリプッタはブッダの弟子のうちで最も有力な人であり、マガダ国の首都であったラージャガハの北の方にあるバラモンの家に生まれました。かれは、「智慧第一」とたたえられ、お釈迦さまは彼を非常に信頼し、彼を後継者とみなしていたこともありました。彼はお釈迦様の教えを、万人にわかるように、合理的に整理し、また特に慈悲の精神を強調したことでも知られているとあります。

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