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2006年6月13日 (火)

両陛下、シンガポール・タイ御訪問前の記者会見(三)

在日外国報道協会の質問
 

    まず,第1の質問なんですけれども,愛国心を促す方向で日本の教育基本法の改正が進められています。しかし,陛下がこの度訪問されます国も含めました近隣諸国では,そういった動きが戦前の国家主義的な教育への転換になるのではと恐れられています。陛下もそうした見解に共鳴されますでしょうか。

これに対し、陛下はお答えの中で

    ・・・事実としては,昭和5年から11年,1930年から36年の6年間に,要人に対する襲撃が相次ぎ,そのために内閣総理大臣あるいはその経験者4人が亡くなり,さらに内閣総理大臣1人がかろうじて襲撃から助かるという異常な事態が起こりました。

と宣われました。まず史実を確認しますと、これは
昭和5年(1930)11月9日に起きた浜口雄幸首相狙撃事件(この疵が元で首相は翌年死去)。犯人は右翼結社愛国社に所属する佐郷屋留雄という青年。
昭和7年(1932)5月15日に起きた、海軍青年将校による犬養毅首相暗殺事件(五・一五事件)
昭和11年(1936)2月26日に起きた二・二六事件における、斎藤実内大臣、高橋是清蔵相暗殺(両人ともに元首相)と、岡田啓介首相の遭難(間違えられた義弟が死亡)。犯人は陸軍青年将校。
をさしています。それ以外にも、昭和7年の井上準之介蔵相の暗殺、三井合名理事長団琢磨暗殺があり、二・二六事件では鈴木貫太郎侍従長が重症、渡辺錠太郎陸軍教育総監が殺害されています。そのほかにも数多くの未遂事件が発覚しています。

 これら一連のテロが政治家を萎縮させ、対外強硬論しか表で口に出せない空気を日本中に醸成したことは、近代史に詳しい人にはよく知られていました。しかし、歴史教育ではこの昭和初期のテロの嵐を十分には教えません。日本が対外侵略に走ったのは、日本の社会が対外侵略せざるを得ない状態にあったのだという、侵略志向は近代日本社会の胚胎するのがれられぬことであったかのような説明がされています。

 おそらく、社会のあり方が政治の選択を決めてしまうという唯物史観の影響でしょう。それもまた事実だと思いますが、昭和前期の日本が何故あそこまで硬直化してしまったのかは、このテロの恐怖に日本の支配層が怯えてしまったために、「領土を広げれば全てが解決する」というような対外強硬論や、「社会制度を大胆に変革すれば全てがたちどころに解決する」というような革新礼賛の路線しか選択ができなくなってしまったからです。

 困難を見つめて投げ出さないで時間をかけて解決法を探す姿勢は、「軟弱」「まわりくどい」といって、軽蔑され、それだけではなく命を狙われる理由となりました。

つづく陛下のお言葉、

    帝国議会はその後も続きましたが,政党内閣はこの時期に終わりを告げました。そのような状況下では,議員や国民が自由に発言することは非常に難しかったと思います。


 必ずしも、上に上げた暗殺された人達の政策が正しかったと陛下や歴史学者が主張しているわけではありません。あるいは彼等の政策は間違っていたのかもしれません。むしろその可能性は濃厚です。しかし、その間違いは明治憲法に規定した方法に則って糾されるべきだったのです。憲法の枠を外れたテロが言論を支配するようになった時に、日本は自由を失い、滅びへの道を駆け下ることになりました。

 経済的に考えると、近衛内閣以来の新閣僚による、軍需を中心にした重化学工業化は当時の日本を豊かにする正しい政策であったと私個人は考えています。しかし、その政策が選ばれるまでの手順が憲法から外れていたために、最終的にはよい結果を生みませんでした。

 考えようによっては、陛下のお言葉は大変にお厳しい。日本が亡国の道へ進んだのを、社会のせいだけにして責任を希薄化して誤魔化してはいけないという意味だからです。まず明治憲法を踏みにじる人々(決して一部軍人の陰謀ではない、むしろ義侠心に駆られた真面目な人々)のテロがあり、それを厳しく罰しないでテロリストを甘やかした官憲があり、テロに喝采を叫んだりテロリストの助命嘆願をした一般庶民がいて、日本人自身が明治憲法を葬ったのでした。

 以上のように、陛下のお言葉は大変重いものです。

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