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2006年8月16日 (水)

泉涌寺参拝記

陰暦 七月廿三日

 お盆ですので、岡山に行ってご先祖様に手を合わせてまいりました。その帰り道京都へ寄りました。目的は仏教徒としての皇室ゆかりの地を訪ねることです。

 京都駅からJR奈良線に乗り換えると、すぐに東福寺駅に到着します。東大路に出て赤十字病院を過ぎ、泉涌寺道で山手に折れます。しばらくするとがっしりとした総門があります。ここからが御寺泉涌寺です。

 参道の両側には即成院や悲田院、新善光寺等が並んでいます。三十七度を超える猛暑に汗が吹き出ます。百米ほど登ると大門が迎えてくれます。参観料は五百円。参観料の相場は千円ですので良心的です。

 門をくぐると、どっしりとした仏堂が目に入ります。泉涌寺が皇室の帰依を受けたのは後高倉院以来ですが、伽藍は応仁の乱で焼け現在残る建物は近世の再建です。仏堂は寛文八年(1668)に四代将軍徳川家綱に寄進されました。内部には運慶作と伝える釈迦・弥陀・弥勒が安置され、国の安全と人類の安泰と幸福を見守っています。

 仏堂の奥には舎利殿があります。これは慶長年間に御所の建造物を移転したものです。

 さらに進むと霊明殿があります。霊明殿中央御扉内には四条天皇後尊像と御尊牌(位牌)をはじめ、明治天皇、昭憲皇太后、貞明皇后、昭和天皇の御尊牌と御尊牌が奉安され、それ以前の先皇、皇妃、親王方の御尊牌は、左右の御扉内に奉安されています(泉涌寺のガイドブックより)。昭和天皇にも私達のご先祖様同様に位牌があることがわかります。私も手を合わせてきました。

 次に202循環に乗って東大路を上り、東山三条で下車、青蓮院に参拝しました。青蓮院は伝教大師(最澄)が比叡山を開山するに当たって作ったの僧侶の住坊のひとつ青蓮坊が起源です。法燈を継いだ著名な僧侶の住居となり、東塔の主流を成す坊であったといわれています。第十二代行玄大僧正(摂関藤原師実の子)に鳥羽法皇が御帰依になって第七皇子をその弟子とされたのが門跡寺院としての青蓮院のはじめです。明治に至るまで門主は皇族であるか五摂家の子弟に限られました。幕末に孝明天皇のご信頼を受けて公武の融和のために尽力された中川宮(久邇宮朝彦親王、香淳皇太后の祖父)も還俗する前は青蓮院の門主でした。現在の門主の東伏見慈洽名誉門主の祖父でもあります。

 境内は奥まで参観することが可能です。宸殿にはやはり歴代の天皇の霊を奉安した仏壇があります、南側には著名な青不動が安置されています。青不動には庭園を通ってお参りできるようになっています。皇居炎上の際に後桜町上皇が用いられた御学問所もあります。

 青蓮院には親鸞聖人と接点があって、青蓮院で慈圓(「愚管抄」の著者)について得度しています。明治まで本願寺の法王は青蓮院で得度する決まりになっていました。そして本願寺は青蓮院の脇門跡として門跡を号することが許されていました。

 ちなみに青蓮院の境内には子授け観音があり、私も秋篠宮妃の安産を祈念してまいりました。

 去年の暮れ以来の皇統問題で調べる内に、皇室は今でも仏教徒であることを知りました。明示の新政府が皇室を仏教から引き離そうとしたので仏教徒としての皇室は忘れられています。

 しかし考えてみれば、皇族は聖徳太子以来の日本最古の仏教徒です。そう簡単に仏の道を忘れるはずがありません。氏子として天神地祇に手を合わせ、家では先祖を仏式で祭るという日本人の文化を作ったのも皇族と摂関家でした。

 明治維新のときにできた国家神道のみが皇室の宗教で、神道でしか皇室と国民が心を通わせる方法がないと思い込むと、明治天皇の前には聖徳太子以前の皇族しかいないことになってしまい寂しい限りです。しかし、仏教に目を向ければ、歴代は十数年天皇としての職務を果たされた後は僧侶となって、悠々自適な余生を過ごすことが慣例でした。

 さらに、京都を取り囲む山には、さまざまな院が結んだ庵の跡が数多く残っていて、文字上ではない生きた人間としての皇族をしのぶよすがです。泉涌寺以外にも、後白河院が愛された法住寺、宇多天皇の仁和寺、聖武天皇の東大寺など皇族ゆかりの寺院は数多く、歴代の生きた証をたどることができます。

 皇室は私達の生活からかけ離れた国家神道を信じているのではなく、私達同様に仏に手を合わせ、氏子としては天照皇大神などの皇祖をお祭りしているのです。


8月17日一分訂正

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