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2006年8月26日 (土)

持たざる国アメリカ

陰暦 閏七月三日

 中共や韓国との史観を巡る戦いは小泉政権によって決着が付きました。日本は中共の横槍を排除して好きなように自分の国の歴史を著述する態勢ができました。しかしここに来て遊就館の展示を米国が快く思っていないというような声が俄に高まっています。昔はともかく、今の遊就館の展示にははっきり言って反米的な要素はありません。どうやら彼等(米国その物なのか、"米国”を使って勢力を伸ばしたい日本人なのかは不明)が問題にしているのは「遊就館史観」といつのまにか呼ばれるようになった歴史理解その物らしいのです。

 面白いことに、彼等が撤去せよ、といってきた展示は東京裁判の受刑者を顕彰したコーナーではなくてルーズベルト政権が経済運営で行き詰まっていたという記述でした。これは一体何を意味しているのでしょうか?

 「持てる国と持たざる国」という色分けがそもそも歴史の理解を誤らせる罠であるのです。日独伊が当時の列強の中では貧乏国で持たざる国であったことに異論はありません。当然持たざる国なのですから富を奪おうとするわけです。帝国主義の時代では珍しくもないことです。(戦争中にあったかもしれない残虐行為はこれとは関係ありません)

 米国は「持てる国」に分類されています。だから持たざる国の侵略から欧州・支那・東南アジアを守ったという構図が成り立つわけです。しかし当時の米国というのは生産力と資本は世界一でしたが市場については持たざる国でした。英仏のブロック経済構築で困っていたのは米国も同じでした。

 また、米英に1930年代から協力関係が成り立っていたというのも現在の彼等の緊密な関係から来る誤解です。米英が信頼関係を持てるようになったのは、英国の弱体化が決定的となり米国の敵ではなくなったのが確定したサッチャー政権以降です。それまでは米英は足を引っ張り合っています。アラブとイスラエルの問題を米国に押しつけたのは英国であり、スエズ動乱では米国は英国を屋根の上に上げてからハシゴを外して見殺しにしていますね。1930年代の米国は、ポンド支配を崩すために英国に経済戦争を仕掛けていました。

 米国がナチスを不倶戴天の敵とみなすようになったのは、ドイツ復興のために莫大な投資をしてきたのに、ナチスがそれを踏み倒したからです。そして借金漬けのくせに、基軸通貨ポンドを握っているために、自由にならない英国を忌々しく思っていました。米国からすると、英国とナチスは商道徳を踏みにじる泥棒でした。

 結局1930年代の世界で自由貿易を行っていたのは日本と米国だけでした。日本が米国に頼っていたことはみなさまご存じの通りです。鉄・石油・棉などの戦略物資の半分以上を米国から仕入れていました。満洲も支那も消費地であり、大して資源はありませんでした。日本が満洲や支那を侵略しようとしたのは市場を欲したからであり、資源が欲しかったからではありません。

 北進論は米国と友好関係を保ちつつ満洲と支那を市場として開拓し、ソ連の極東侵略に備えるという戦略であり、南進論は東南アジアの資源を確保してアメリカと対決するという戦略です。北進論の陣営が東京裁判で醜態を演じてしまい、対する南進論の陣営が占領軍と円滑な関係を樹立したために、北進論が対米戦の犯人であったかのようなねじれた歴史理解が戦後に広まってしまいましたが、それは違います。

 日本は米国に頸まで漬かっていましたが、米国も日本に膝まで漬かっていました。1930年代後半の米国の輸出先を調べると鉄も石油も棉も日本が3〜5番目くらいの輸出国で20%くらい売っています。日本は1番ではありませんが、米国の生産物のほとんど全部の2〜3割を買ってくれるお得意様でした。米国としても日本を失うわけにはいかなかったのです。日米の経済一体化は既に1930年代に始まっていました。経済が一体化していた日米が大戦争に突入したのは二十世紀最大の謎かもしれません。多分当時の日本人も米国人も不思議だったでしょう(実際そのような証言は多い)。

 つまり1930年代の米国というのは、莫大な資本を抱えていたのに、英仏独の意地悪によって倒産しかけていた"金持ちな持たざる国"です。だから内戦で権力の空白が生じていた支那とナチスの欧州席巻で本国が滅んで力の空白状態となった東南アジアを市場として欲したのです。

 ですから当時の日米は実は協力関係になる可能性を持っていました。今までは「軍人が頑なで、戦争の成果を米国と共有することに大反対したから、米国と険悪になったのだ」ということになっていました。当時の日米は今の日米と逆で、日本が血を流し、米国がその成果をモリモリ食べていました。血を流さないで、自由貿易の果実だけ貪る米国への不満が日本にあったのは事実です。しかし陸軍がそれを代表していたという説を丸ごと信じるのは表面的に過ぎるのではないかなと思います。

 当時の米国はこのまま中程度の貿易相手国として日本を泳がせておくか、日本が支那を支配することを脅威とみなしてそれを妨害して支那を自分の勢力範囲に取り込むべきかで、意見が割れていたと私は考えています。1930年代の共和党の動向を研究した書物でもあれば疑問を解消できるのですが・・・

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