南海の斎藤道三(二)
文章だけではわかりにくいと思いましたので、系図を作りました。
このくらい遠縁が守護大名家を嗣ぐのは戦国末期では珍しいことではありません。長尾輝虎(上杉謙信)に関東管領を譲った上杉憲政は扇ヶ谷家の傍流ですので山内家からはかなり離れていますし、細川藤孝(幽斎)は傍流の和泉守護家から公家の三淵家に養子に入って戻っています。
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