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2006年10月29日 (日)

大原神社参拝記

陰暦 九月八日

 週末に房総へ旅行へ行ってきました。

 昼は上総亀山の手前の平山駅前の焼きそば屋で食いました。ただのソース焼きそばなんですが、これがしみじみとうまい。山奥だというのに、入れ替わり立ち替わり客が来て、テイクアウトも入れれば一時間のうちに二十人くらい入っていました。繁盛しているみたいです。亀山駅のタクシーの運ちゃんの話によると、先代のお祖父さんの時はもっと美味しかったそうです。

 平山駅で時間が余ったので、近くを散策しました。駅の近くにこんもりとした鎮守の杜があります。大原神社というそうです。手水鉢にトノサマガエルが、本殿には沢蟹がいました。周囲の田んぼから、霧雨に誘われてお参りに来たようです。雨蛙やバッタもいて、自然豊かな農村でした。

 大原神社は古くからの鎮守らしく、室町時代に春日大社から天兒屋命と天太玉命を勧進したと言うことです。しかし神社自体はそれのずっと前の古代からあったらしい。私の勘からしてもこの神社はかなり古そうな気がします。もしかしたら大織冠(中臣鎌足)の故地だったりして(大織冠は飛鳥の"大原"生まれです)。

 ちなみに近くの小櫃には大友皇子が落ち延びてきたという伝説があるとか。また、久留里には前方後円墳が複数あります。この地域には古くからの國造がいて、もしかして壬申の乱で近江方に付いたのかもしれません。あるいは大織冠の縁者が大友皇子の妃になっていますので、その妃が落とし種と一緒に落ち延びてここに匿われたのかもしれません。

 平山は上総國ですがすぐ南は安房國になります。神話では、忌部氏は神武天皇の命令を受けてまず四国に移住し、更に黒潮に乗って房総半島にも移住したことになっています。だから"あわのくに"が二つできたそうです。佐多岬も各地にありますし、離れた場所に同じ氏族が住むのもあり得ることかもしれません。前日に上った富山(とみさん)には金比羅神社の参拝碑がありました。地元の人が四国の金比羅さんにお参りしたのを記念して立てたらしい。

 まあカエルやカニがいたということは湧き水があって周囲の田畑の水源となっていて、水神を祀るための祠が建てられたと言うことになるのでしょう。大原・久留里・小櫃は古代史のちょっとした穴場でで、ここに集まる伝説や遺跡を題材にすれば、面白い物語が描けそうな気がしてきました。特に立派な建物とか絵馬が残っているわけでもない一見なんの変哲もない神社ですが、どこかインスピレーションを駆られるものがありました。

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