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2006年11月27日 (月)

平沼赳夫は男である

 郵政民営化法案に反対して自民党を除名された人達が復党届けを出し、平沼議員以外は受理されそうな形勢です。

 一つの法案に反対しただけで未来永劫除名というのはあまりに不寛容ですので、何時かは戻してあげなければならなかったと思います。肝腎の民営化法案への賛成が担保されれば、彼等が自民党に復帰するのもやむを得ないと私は思います。ただしちょっと時期が早かった気もしました。

 しかし、自民党を離れること二年に及べばさすがに里心よりも自民党に対する復讐心の方が勝ってきそうですし、かといって来年の春頃に呼び返すのはあまりに選挙を意識しすぎで有権者の心証を悪くする、なおかつこの問題が年を越せば、国会での審議と絡まっていかなる政局に発展しないとも限りませんでしたので、戻すとしたらこのタイミングしかなかったのでしょう。

 けれども易々と全員復帰させてしまうと、除名して刺客まで送って選挙を戦ったのはなんだったのか、と有権者は白けてしまいますので、何らかのけじめが必要、やはり誰か一人くらいは復帰を拒まないと自民党としては格好が付かない、私は平沼議員がその役を買って出たのだと解釈しました。

 郵政政局の際の時流の読めなさ加減には呆れましたが、今回汚れ役を買って出た姿勢は評価したい、おそらく平沼議員としても、このまま自民党に戻って情けないおじさんとして終わるよりも、臍を曲げ続けた偏屈として生き続ける方が政治家としては得策であるでしょう、ぐれた不良おじさんの生き様を見せてください。

 ただし、養子とはいえ岡山人ですので、ただ単に人一倍の"もげ"である可能性もなきにしもあらず。

2006年11月20日 (月)

専業主婦

 従来は専業主婦が産み出す付加価値というのは家事労働しか評価されていませんでした。家庭内部までしか影響は及ばないとされていたわけです。

 しかし現在のように、核家族化が進み、働く女性が増え、高齢化が進んだ社会では、専業主婦の社会的な役割というのはむしろ高く評価されるようになるべきではないかと私は考えます。

(1)治安の維持
 働く人が増えると、昼間は住宅地の無人化が進みます。泥棒というのは、入ろうと思えばどのような家でも侵入してしまうものらしいのですが、人に見つかるのがとにかく嫌なものらしいです。監視カメラはあまり恐くないそうです。警備員が来るまでに盗みをすませばいいからです。
 そうなってくると、昼間家にいる主婦の存在は貴重です。主婦が一人いることによって、周囲の犯罪をかなり防いでいると考えられます。

(2)老人の保護
 昼間家族がいない家で老人が倒れたら、頼りになるのは近所の主婦しかいません。回覧板やお昼のおかずを届けに行った近所の人が倒れている老人を発見したという話は良く聞きます。警察や民生委員が毎日全ての家を廻ることはできませんので、主婦の役割は重要です。

(3)子供の監視
 主婦が子供を見ていることによって、犯罪者から子供を守ることができます。
 家に遊びに来る子供の友達を見ているうちに、いぢめや児童虐待に気がつくこともあるかもしれません。
 また保育園や学校の送り迎えを主婦が担当することも多いです。

(4)地域経済の振興
 車が普及したとは言っても、やはり主婦は近所のお店で買い物をする割合が高いはずです。働いているお母さんは勤め先で買い物を済ませてしまうこともありますからね。主婦の存在は地域の商店にとって大事です。

 とまあ専業主婦はレッドガーディアンみたいなNPOよりもずっと重要な役割を人知れず果たしています。社会はこれに対して報酬を支払うべきだと思うのです。

 現在の社会では、悲しいかななんでも法律で定義しないと権利が守れなくなっていますので「主婦法」みたいなものを作って、専業主婦が果たしている社会的な役割を正当に評価するべきだと私は考えます。そして確定申告でそれを申告させて税の軽減につなげればいいと思います。

 現在の税制でも、主婦は優遇されているのですが「主婦」として全員ひとくくりになっています。個人の人格や努力を認めていないのですね。そうではなく、

□近所の老人に声をかけている
□近所の子供の送り迎えをしている
□週に3回以上近所の商店で買い物をする

などをチェックしてもらって、果たしている役割に応じて、税を返すべきだと思います。

 社会から正当に評価されていないのではないか、という心配が専業主婦のセルフイメージを低くさせていると私は考えています。そろそろ主婦が果たしている社会的な役割を正当に評価するべき時が来たのではないでしょうか。

2006年11月19日 (日)

働く女性と出生率の回復

 「医療年金問題の考え方ー再配分制作の政治経済学-III」という本をテキストに経済学の自習をしています。公共事業政策が本丸なのですが、福祉の考え方が応用できそうだし、権丈先生の文章は読んでいて楽しいからです。

 子供の教育のためには、母親は家にいるべきというのが私の持論なのですが、子供を増やすにはそうも言ってられないようです。整理しますと、行政による子育ての支援が手厚い国は出生率が回復しています。家事負担が軽くなった女性は働き続けることができるようになって、女性の就業も増えることになります。

 つまり、家に入った女性はもちろん育児のための支援を受けられるし、仕事を続けたい女性も支援を受けられる、女性がどっちのライフコースを選んでも支援が受けられるようになっているというわけです。どっちのコースを選ぼうと、子供を産めば得をするようになっているわけです。

 こういう紹介の仕方をしてもらえれば、男性も説得させることが可能だと私は思います。どちらか一方のコースを選ばないと幸せになれない、みたいな言説が日本は多すぎますよね。私も反省しなければなりません。 これからの日本の政治のありかたは、大きな目標を掲げ、そこに到るまでのコースを複数認め、どれも援助する、というやり方が主になるべきではないでしょうか。

 一昨年の年金改革によって、年金の支給額には社会の経済発展が反映されることになりました。労働人口が増えれば給付が増えるようになっています。豊かな老後を送りたい50〜60代の人達は、若い人が子供を多く作りたくなる社会を作らなければならなくなりました。政治家や社長さん、あなたの年金の問題なのですよ!若者が子供を作らなくなるとみなさんの年金が減ります。

※権丈先生は、経済の振興の方策の一つとして、女性の社会参加を上げていますが、 「医療年金問題の考え方ー再配分制作の政治経済学-III」は必ずしも女性問題を取り扱った作品ではありません。この文章はそこから私が着想を得て書きました。

2006年11月10日 (金)

日本の未来の姿

陰暦 九月廿日
 租税負担と社会保障について調べています。仕事には直截の関係はないのですが、私の所属する業界のことにも応用が利くからです。

 財政のことを知るために、国民経済の単純なモデルも作ってみました。年齢階層別人口を変数として、国民総生産や税収、歳出を出力するものです。昭和30年(1955)から平成67年(2055)までシミュレートしました。わりと良い近似値が作れました。

 まず私が興味を持ったのは、日本の政府債務が発散するのか収束するのかと言うことでした。国民総資産残高がだいたい国民総生産の10倍ですから、政府債務残高が国民総生産の10倍以内のどこかで、国民総生産に対する倍率が収束すれば、財政破綻を免れることができたと言えると思います。

 詳しいことは省きますが、インフレ率が大事で、国民総生産名目値の成長率がマイナス、つまりデフレであると、どう頑張っても財政破綻は免れないと私のモデルではなりました。租税負担率を50%に上げても無理です。ただし、財政赤字と同額の対外資産収入があれば財政破綻は免れますが、これは外国からの援助で国を維持している状態ですので現実的ではありません。

 インフレ率が0%の場合、政府のサービスを現在並みに抑えて(小泉政権が政府のサービスをかなり押さえたことも今回の計算で確認できました)、租税負担率を短期間で現在の2倍にすれば、国民総生産の200%(現在は120%程度)で債務は収束するようです。最悪経済発展無しでも大増税をすれば破産は免れるようです。

 インフレ率を2%ととした場合、租税負担率を20年かけて現在の1.5倍程度にすれば、やはり国民総生産の200%で債務は収束しました。これはだいたい消費税が2025年までに10〜15%になるのと同じです。海外からの資産収入が増えることも計算に入れています。

 最後に、遊び半分で日本が北欧並みの福祉国家になることができるかどうかも験してみました。30年かけて社会保障の給付水準を1.5倍にする想定です。これは医療費が0になる社会を意味します。雇用保険や育児手当もかなり手厚くできます。

 驚いたことに、インフレ率を2〜4%にし、租税負担率を時間をかけて50%まで上昇させれば、債務を国民総生産の200%に押さえたままで日本が福祉国家になることは可能であるという結果が出ました。

 これは実は政府の全ての支出の水準を1.5倍にするモデルですので、国防費や公共事業費も1.5倍にできます。国防費や公共事業費を抑えて社会保障に全てを回せばスウェーデン並みの福祉国家も可能ですし、公共事業に重点を入れれば高速道路網を完成させて国土の均衡ある発展も可能、国防に重点を入れれば空母や原潜をそろえることも可能です。

 日本の未来には多数の選択肢があることが簡単な計算で確認できました。世の中を悲観する必要はないみたいです。

 債務をピークアウトさせるために不可欠なことは、団塊世代が大量に退職する2010年代で社会保障費(規格値)の伸びを頭打ちにすることです。これさえできれば、財政赤字の無制限の伸びを防ぐことができます。これは小泉政権の福祉を始めとする行政サービス切り捨てによって実現の可能性が高まりました。今後10年間の政権が財政規律を守れば社会保障費のピークアウトは実現できるでしょう。

 債務は国民総生産の200%まではどう頑張っても上昇するようです。しかし、消費税を10〜15%にすれば、200%で頭打ちにできます。政府債務残高の増加がいずれ頭打ちになることを、政府はどこかで国民にきちんと説明しなければならないはずです。でなければ、再び金融恐慌が日本を襲うと私は考えます。

 海外からの資産収入が伸びれば、政府債務を幾分軽減できます。日本人が海外で良質な投資を行うことと、海外から良質な投資を日本に呼び込むことが必要です。今後で企業買収は増えると思います、これは避けられません。円の実効為替レートが歴史的に低い状態にあるからです。

外資参入は日本製品の輸出競争力回復と引き替えの選択でした。外資の日本市場参入が避けられない以上、日本に利益を生む形での外資導入というものを、今後我々は考えていかなければならないでしょう。

 明日以降に、中小企業対策がいかに大切であるかを考えてみようと思います。

2006年11月 4日 (土)

ロシアの焦り

 また日本の漁船が拿捕されたそうです。

 この前はサハリンのガス田における日本の取り分が支那にさらわれてしまいました。どうもロシアは焦っているように私には思えます。石油価格が低下し始めたので、高値のうちに資源を売りつけておきたいという心理が働いているのだと思います。もうちょっと待てばサハリンのガスだって買い叩けたはずなのに中共も我慢がききませんね。

 21世紀経済の中心は間違いなく東亜とインドになります。六者協議は、21世紀の中心の一つである東亜の利害関係を調節するためのサミットのようになりつつあります。北朝鮮問題を解決するためだけの会議という目で見ているといろいろなことを見落としてしまいそうです。できればこれに台湾を加えて七者協議にできれば完璧なのですが、さすがにそれは中共が認めないのでしょうね(^^;

 北朝鮮問題の協議では、ロシアはオブザーバーのような存在で、責任のない気楽な立場でした。ロシアの場合参加することに意義がありました。しかし、六者協議が利害調停機関になりつつある今日、ロシアが日本、韓国、中共と薄い関係しか持てていない現状は、ロシアに不利に働きます。多分ロシアはこれらの国々と濃密な協議が持ちたいのだと私は推測しています。このままだと東亜でハブにされちまうからです。だから無理にでも問題を起こして、重量級の政治家を呼んで、なんとか濃密な関係作りをしたいと考え、このように拿捕をしたり北方領土問題で鞘当てをしたりしているのでしょう。

 ロシアが東亜でちょっかいを出す時と言うのは、欧州で事を起こす前の地ならしをしている時が多い。レザノフが長崎へ来航したのはナポレオンとの対決を決意したからでしょうし、プチャーチンが長崎に来たのもクリミア戦争前夜でした。日清戦争から日露戦争もバルカン諸国のオスマン・トルコからの独立戦争と連動しています。ノモンハン事変もドイツと戦う前の地ならしでした。

 後ろから攻められるのが恐いのです。モンゴル高原から攻め下りてくる軍隊からシベリアを防衛する手段をロシアは持っていません。

 現在ロシアはグルジアと経済戦争を遂行しています。米国での共和党の弱体化によって東欧と中東での米国のプレゼンスが弱まると見て、反撃の準備をしているのかもしれません。

 日本としてやるべき事は、ロシアとの利害調停のための恒常的な場を設けることだと思います。突然攻め込んだりすることはしないよと言うことで安心させてあげればそれでロシアは満足すると思います。北方領土問題協議みたいな場を作って、そこで雑多なことを協議する形をロシアは望んでいるのでしょう。

 それと欠かせないのがモンゴルとの共闘。日本がモンゴルと強い関係を結べばロシアは日本に対して悪さができなくなります。モンゴルとは仲良くしなければなりません。

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