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2006年12月 3日 (日)

三大政党制

陰暦 十月十三日 【秩父夜祭り】

 去年あたりから、今の日本には二大政党制よりも、三大政党制の方が相応しいのではないかと考えていました。五五年体制の時代には、地方に住む人達や個人事業主が自民党を支持し、官公庁の労組が社会党を支持していました。低賃金労働者は社会党と言うよりはむしろ公明党や共産党に投票していたんではないかという感じを抱いています。都市に住むサラリーマン層の気持ちを汲んでくれる政党はありませんでした。

 小泉政権は、都市の住民を喜ばせる政治を行いました。みなさんもう忘れていますが、小泉政権成立前夜の都市住民の政治に対するフラストレーションはそれは高かったのです。その代わり、自民党は本来の支持基盤である個人事業主や農家を切り捨てるような政治をすることを余儀なくされました。今度は彼等が民主党は気に入らないがさりとて今さら自民党を抜けることもできない、何故自分たちの首を絞めるような政権を一生懸命応援しなければならないのか、と苦しんでいます。

 かつての都市住民の苦しみ、今の個人事業主の苦しみは、本来三つの政党が鼎立するべきところを無理矢理二項に分けていたために発生していたのではなかろうかと私は考えました。歴史の世界でも、支配者と被支配者(資本家と労働者でもいいでしょう)の対立で事件を読み解こうとする考え方が主流です。しかし、歴史をよく調べてみると、近代的な社会には三つの構成員があることに気がつきます。

(1)財産家、官僚、大企業(経営者及び吏員)
(2)個人事業主(中小企業経営者、医者、農家)と地方公務員(役人、教師)
(3)低賃金労働者と学者(学生、オーバードクターや塾講師などの学者予備軍を含む)

 (1)の構成員は、組織な思考を好みます。世の中を分業化、専業化させようとします。資源や資本の集中運用が好きです。大きくまとまり、個人が決められた仕事をこなすことで世の中がうまく回ると考えています。

 (2)の構成員は、一人でなんでもこなさなければなりません。ですので個人の総合力を重んじます。人間関係が大いにものを言う世界で生きていますので、契約でも、組織とではなく個人と結ぼうとします。「あなたが信用できるから、あなたの会社と契約しましょう」という行き方です。

 (3)の構成員はいわゆるプロレタリアートです。学者がここに含まれるのは、たいていの学者というものは、大学に口をもらうまでは、不安定な立場で日銭稼ぎをして生きているので、プロレタリアートに親近感をいだいているからです。芸能人もこのカテゴリーに含まれます。

だいたい現代の日本における力関係は3:2:2くらいです。

 世の中が大きく変わる時に、真っ先に動き出すのは(2)の人達です。彼等は自由になる金を多く持ち、組織に気兼ねなく活動ができ、知的好奇心は強いけれどアカデミズムには反感を抱いているので学問的にはちょっと怪しいけど変革力を持つメタ学問を信じることができて、国家や大企業に縛られない独自のネットワークを持っているからです。

 さらに、彼等は保守的な考えを持っています。彼等が動き出すのは、このままでは古き良き自分たちの世界が崩壊してしまうという危機感をいだくからです。大組織に頼ることができませんので、彼等の危機感は切実です。

 そして(3)の人達がその動きに盲目的についてくるようになると一気に世の中はひっくり返ります。明治維新はその典型的なパターンです。また(2)の人達はなんでも自分でこなしますので、政治の世界でも独裁が一番効率がよいはずだと考えているふしがあります。ナチスを支持したのはこういった人達でした。

 しかし新しい体制ができると、成果を(1)の人達に攫われてしまいます。彼等は国家という巨大な組織を動かすノウハウを備えていないからです。絶望した一部の人達が暴走しますが呆気なく押さえ込まれます。西南の役は(3)の要素が強いですが、神風連や秩父事件は(2)の心情をいかんなく表した事件といえます。

 自民党はずっと(2)に支持基盤をおいていました。(1)の利害は官僚が代弁していました。しかし小泉政権になってからは首脳部が(1)を喜ばす政策を唱えて、代議士が(2)をなだめすかすという構図が出来上がっています。官僚は支持基盤である(1)を自民党にとられて、喜んで良いやら悲しんで良いやらわからなくなって混乱しています。

 民主党は(2)の地方公務員が支持基盤ですが、(3)を喜ばすことによって過半数が取れるはずだと愚直に信じています。これは社会党時代から続く習性です。しかしどうしても過半数に届きません。おそらく(2)の半分と(3)を合わせても過半数に足りないのでしょう、これが私の3:2:2の根拠です。

 そこで三大政党制となります。(1)(2)(3)を支持基盤とする政党が鼎立するのが一番分かり易いはずです。学者や評論家が何かというと引き合いに出す英国では、近年自由党が議席を伸ばして三大政党制に近づきつつあります。郵政反対派の12人が国民新党に入って、国民新党が大化けしてくれればそうなったかもしれないのに残念でした。

 二大政党のまま中選挙区に戻してもあまり意味はありません。三大政党鼎立になった状態で中選挙区制になるのが一番すっきりするでしょう。しかし、そうなると過半数を握る政党がなくなってしまってしまい政界が混乱する可能性が大です。ドイツやイタリアがそれに近い。国政の混乱を防ぐためには小選挙区制がきっと良いのでしょう。三者ともにどこか居心地の悪い気持ちをいだき続ける時代はこれからも長く続きそうです。

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