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2006年12月30日 (土)

フセイン元大統領死刑と東京裁判

 死刑が決まり、一両日中にも執行されるそうです。

 日本人としては東京裁判として絡めて論じる必要があると思うのですが、そういうことをしている人は一人も見当たりません。

 フセイン裁判で私が気になっているのは、彼からきちんとここ二十数年のイラクの国家意思決定に関する情報が収集されたのかということです。フセインが処刑に値する犯罪者であることは間違いないのでしょうが、同時に彼は歴史の証言者でもあります。彼から聞きだせることは多いはずだし、拙速に彼を処刑して口を封じてしまったら、イラクの歴史にぽっかり穴が空いてしまうと思います。

 東京裁判にはいろいろと問題はありましたが、裁判記録は重要な史料となっています。判決には問題があるものの、それに至るまでの手続きは結構まじめにしているので、裁判の記録を読んでいると日本側の考えも連合国側の考えもよくわかりますし、重要な史料も数多く提出されています。

 しかし、フセインの裁判が、イラク人に任されてしまったため、かえってそういった歴史を解明すると言う面が消えてしまって(虐殺された人には申し訳ありませんが)歴史的な観点では微罪の事件を使って単にフセインを断罪するための手続きに落ちてしまっているのだとしたら、イラクの将来にとって返って禍根を残すでしょう。

 報復思想に則ってフセインを殺すことは(最終的には処刑されなければならないのでしょうが)、イラク人の土俗的な心理は満足させるかもしれないが、イラクのここ二十数年の記憶が消されてしまうのは近代化のためには損失となると思われます。

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