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2007年2月 9日 (金)

瀬戸内政権

陰暦 十二月廿二日 【針供養】

 早くも脱線します。自民党主流派の出身地は室町時代の守護大名の活躍範囲と重なるんですね。新憲法になってからのの首相の選挙区を調べますと、

吉田茂(高知)   6.1年
片山哲(神奈川)  0.80年
芦田均(京都)   0.60年
鳩山一郎(東京)  2.04年
石橋湛山(静岡)  0.18年
岸信介(山口)   3.40年
池田勇人(広島)  4.31年
佐藤栄作(山口)  7.67年
田中角栄(新潟)  2.42年
三木武夫(徳島)  2.04年
福田赳夫(群馬)  1.96年
大平正芳(香川)  1.52年
鈴木善幸(岩手)  2.37年
中曽根康弘(群馬) 4.94年
竹下登(島根)   1.58年
宇野宗佑(滋賀)  0.19年
海部俊樹(愛知)  2.24年
宮沢喜一(広島)  1.76年
細川護熙(熊本)  0.72年
羽田孜(長野)   0.18年
村山富市(大分)  1.53年
橋本龍太郎(岡山) 2.55年
小渕恵三(群馬)  1.69年
森喜朗(石川)   1.06年
小泉純一郎(神奈川)5.42年
安部晋三(山口)  0.38年〜

中国四国  29.8年
九州     2.3年
近畿     0.6年
中部    6.7年
関東    16.1年
東北     2.4年

 中国四国地方が多い。出身地で見た場合、東西にばらけるのですが(東京出身者が多いから)選挙区で見た場合は圧倒的です。意外に少ないのが近畿、 やっぱり少ないのが東北。北海道に到っては0人。これよく考えてみると、戦後に発展した地域とも重なります。瀬戸内と関東は戦後の工業化で一番利益を得た と言える地域(瀬戸内は最近はそうでもないかもしれませんが)。それに対して東北北海道は工業化に取り残されてしまった地域で、近畿も地盤低下が著しい。

 総理大臣が出たからといって、即その地域に利益誘導が行われたというわけではないでしょうが、やはり中国四国と関東出身の首相が続いたことで、瀬 戸内と関東的な思考?で戦後の日本が運営されてきたため、この二つの地域がより利益を得ることになったと言っても良いんじゃないでしょうか。

 今でも中国・四国・北陸というのは自民党の強固な岩盤です。大臣で見た場合はこの地域の出身者が非常に多い。それに対して小泉政権は東京出身者が多くを占めていました。その点でも自民党政権としては異例でした。

 両親が岡山出身で、茨城に長く住み、関西で学生生活を送った経験に照らし合わせてみると、瀬戸内の人間は割合バランスが取れていてあまり物事にこだわらないが基本的には保守的な現実主義者です。まさしく自民党。

 関東の人間は熱しやすく冷めやすいです。これはこの前の総選挙で関東地区が自民党で染まったことでもよく分かります。関東の選挙結果というのはかなり動きます。

 関西人は個人主義でまとまりがありません。けれども血縁が非常に強い。また、こだわる時には死んでも動かなくなる頑固者です。政治家には向かなそうですね。

 特にこれと言った落ちはないのですが、自民党というのは瀬戸内的心性で動いてきました。けれども、ここ十年ぐらいは重心が関東に移りつつあるよう です。安倍総理は再び自民党を瀬戸内的価値観に引き戻そうとしているみたいですが、どうなるでしょうか?私的には瀬戸内色を前面に出し始めた安倍総理は共 感できる所が多いので応援したいのですが、一昨年の総選挙で自民党に入れた人達は物足りない物を感じているのかもしれません。二十一世紀の日本を動かすの は室町幕府か?鎌倉幕府か?それとももしかして分国制!?

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