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2007年4月16日 (月)

言い訳座頭の経済学

陰暦 二月廿九日

 小さんの古典落語集を読んでいたら引っかかる箇所がありました。

 「言い訳座頭」という小咄がありまして、大晦日を迎えた甚兵衛夫婦が、口が達者な按摩にツケの繰り延べのために口利きしてもらうという筋です。

 引っかかったのはどこかというと、この甚兵衛夫婦、無一文というわけではなくて、一応債権者に払うだけの現金はあるけれど、ここで払ってしまうと正月を無一文で迎えなければならない、だから新春まで借金を繰り延べてもらうことにします。ちょっと事情が込み入っていますね。

 大晦日にツケを払うつもりはないけれど、正月に現金でちょっとした御馳走を買うつもりはあるわけです。

 ここで考えてみましょう、大晦日に借金を清算したら、手元に現金が残らないから正月には何も買えない。正月始めからツケで買うことはできるけれど、ツケなので御馳走は作れない、なぜなら債権者はこの先一年分新たにツケがたまるのに、最初から高い買い物をツケでさせようとはしないからです。

 それに対して、正月に借金を繰り延べれば、当然借金を繰り延べした以上は正月の買い物は現金でしなければいけないわけだけれど、旧年の借金の清算の一部と正月の買い物を同時にできることになります。「正月に現金払いをしたのだから、旧年の借金の一部は返した」と主張ができるからです。債権者も、少しでも資金を回収したいので、現金さえもらえれば、そのあたりの細かいことは追究しません。「旧年の借金を払わなきゃ売らない」なんていけずもしません。

 借金を一日繰り延べしただけで、旧年の借金を減らすことと、正月の買い物が一度にできるのです。この甚兵衛夫婦は非常に合理的です。

 そういう事情もあるから、年の瀬や新年の物価は上がるんですね。あれには旧年の借金の清算分が上乗せされているからです。

 昔の日本では、日常の支払いは掛けで済ませていましたので、債権者側も、自分が必要とする当座の資金の分だけ回収ができさえすれば、全額をきっちり期限までに返済してもらう必要はなかったわけです。

 そもそも現金というのはつい二十年くらい前の日本でも田舎だったらなかなか流通することはありませんでした。田舎というのは食うには困らないけれど、現金がないから、いざ子供が学校に入学する時に学生服を買うお金がない(といっても餓死するほど貧しいというわけでもない)という、都会で生まれ育った人にはわかりにくい現実がありました。これがもっと前は日本中でのことでした。

 だから庶民全員が手形を振り出しているのと同じような状態で、全員お互いに貸し借りがありますので、特定個人だけが完全に借金を清算することは、必要なかったし、そもそも現金が足りないので不可能だったのです。

 逆に、堅気ではない職業、芝居とか博打打ちは信用はないので掛けで物は売ってもらえないけれど、現金は持っていました。木戸銭は現金払いだからです。更に旅人の勘定は必ず先払いです。現金を持っているというのは、それだけでもう胡散臭い証拠になったのです。

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