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2007年7月 1日 (日)

うっかりクマさん

陰暦 五月十七日 【富士山山開き】

 久間防衛大臣が原爆について何かを曰ったようですが、果たしてこれは失言なのでしょうか。昨日の久間発言は錬りに練られており、久間大臣に反対すればするほど、久間大臣を糾弾する側は米国に対して苦しい立場に追い込まれるようにできています。

 新聞で詳細を読む限りでは久間大臣の発言の要旨は「原爆を落とされたことに対して日本人として忸怩たる思いがある(心情的には納得ができない)。しかし、あの時点で原爆を落とさなければ、日本はソ連とも全面的に戦うこととなっていて、北海道は日本ではなくなっていただろう。従って原爆によって降伏せざるを得ない状態に追い込まれたことは、日本全体としては損な話ではなかった(全体的な見地では仕方がない)。」となるでしょう。

 つまりこれは日本人一般の原爆に対する見方です。心情的には納得できないけれど、日本全体での損得を量ると仕方がなかった。更に「勝ち戦ということが分かっていながら、原爆まで使う必要があったのか、という思いは今でもしている。」と言っています。ここら辺が苟も日本の選良たる国会議員の"失言"の真骨頂で、これは原爆なしに日本を降伏させることができなかった当時の日米の為政者の拙劣さを指摘しているわけです。

 どういうことかというと、ポツダム宣言で天皇の地位を明確に保障していれば、鈴木内閣が七月の時点で軍部を説得して降伏していた可能性があったのに、連合軍は敢えて国体護持を認めないかのような宣言を出しました。これによって日本は何かもう一度決定的な打撃を受けない限りはポツダム宣言を受諾できなくなりました。

 折角日本が東條小磯と続いた軍人内閣を下ろして終戦の意思を示したのに、ポツダム宣言で日本を硬化させるような主張をしたのは何故ですか、拙劣なんじゃありませんか、それとも他に意図があったのですか、と原爆投下に透けて見える米国の色気を批判しています。

 つまり米国は戦後の世界でのヘゲモニーを確立させるために、原爆の威力を験したかったから、七月の時点では日本を降伏させたくなかったのではないかという、当時のトルーマン大統領の決断につきまとう疑惑です。と言うよりはこれはほぼ証明されています。同様な主張は米国人の間でもなされていますし、このくらいの批判は日本の政治家たるもの必要でしょう。そこまで米国に遠慮する必要はありません。

 では久間発言を糾弾する側はどうなるのか、米国の目には彼等は「原爆を投下したことについて、とにかく米国を恨むのが日本人の正しい在り方」と主張しているように映ります。

 気がついている方も多いでしょうが、この久間発言は米国でのいわゆる従軍慰安婦決議へ反対する表明を日本の国会議員の一部が米国議会へ出したこととセットになっています。心配性な人は、これによって日米関係が冷えるのではないかと言っています。

 私としてはたとえ従軍慰安婦なるものが全て真実であったとしても、米国で祖先を貶めるような決議がなされようとしているのに一言も声を上げないのは恥ですので、やり方はどうあれ誰かが米議会に反論をするべきでした。これは米国人にも理解される心情です。「この程度の決議で目くじらを立てるなよ」と向こうは思うでしょうが、全く反論がないならないで「あいつらはチキンだな」となるでしょうし「祖先の名誉を守ろうとする人が最近の日本にはいるのだな」と言うことで反論した人を悪い目では見ないんですね。

 しかし久間発言は違うわけです。久間発言を取り上げるということは「日本で野党が政権を取れば、野党は原爆で米国を糾弾する」だろうとなってこれは米国としては決して許せない話です。従軍慰安婦は米国は直接関与しないことですが、原爆は当事者です。在米韓国人へのおつきあい決議とはわけが違います。久間発言を糾弾すると言うことは、「我々が政権を取ればいずれ原爆のことで本気で米国と雌雄を決するつもりです」と同義となり、非常に筋が悪いと言わざるを得ません。

 久間防衛大臣は以前も「イラク戦争に賛成したのは小泉前総理の個人的な意向」という失言をしました。あれは閣議決定されているので、個人的意向ではなくて明白に日本政府の意思でした。しかしこれも計算された失言で、安倍総理が弁解をすることによって安倍内閣がイラク戦争について小泉内閣を踏襲することが確認されました。

 かつて安倍総理の周辺には、米国を道義的に攻撃する方向で日本の国威を発揚させようとする人達がいました。米国はこれを非常に警戒していました。久間大臣のいわゆる"失言"は常に米国のこの懸念を解消する方向でなされています。安倍総理をちょっと見では追い込む形になっているのは、もちろん反主流派にされてしまった旧竹下派として、森派出身の安倍総理に対するちょっとした意趣返しであるのですが、久間大臣もまた安倍総理を思って敢えて泥をかぶっているのだと言えるでしょう。

 こうしてみると、久間大臣はかなり頭が良いし、茶目っ気があります。見た目も愛嬌があるし、何だか応援をしたくなってきました(笑)

 また、ないとは思いますが、これによって久間大臣を糾弾する方向に与論が流れると、日本人全体が反米と言うことになって困るのですが、「それはない」と久間大臣は国民の知性の水準を高く設定したのだと思います。さて、この発言を糾弾することの筋の悪さにマスコミや野党が気がつくのはいつでしょうか?興味の湧くところではあります。

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コメント

コメントありがとう。こういうときはトラックバックすればいいのかな?やってみますね。やりかたわかんないけど調べてみます。(笑)

あと、又になりますが、この表現お気に入りなのでもう一回。

激 し く 同 意 !

私もこの発言内容が問題とは思いません。
でも別に練られた発言とも思いませんけど。(笑)

イラク戦争に関しての久間氏の発言まで練られたものと取るのは無理がありますね。
特に反イラク戦争的な行動とらなきゃ、前政権の路線を踏襲しているとどこだって考えます。
安倍氏が久間氏に反論して火消しして、ただのトラブルですよ。

こちらからも送ろうと思ったのですが、URLが分かりませんでした。もしかしてトラックバック拒否になってませんか?

玩具を取り上げられてふて腐れたキューピーちゃんみたいな顔をしていますが、久間防衛相もあれで東大出身者ですからね、莫迦じゃないと思います。

輔住さん、そう見えないようにマスコミが報道しているのでみんな誤解しているけれど、政治家って結構頭いいですよ。

少なくとも大臣になるような人は私や輔住さんよりはIQが高いと思っておく方が無難です。

念のため、申し上げておきますが、政治家がバカとは思っていません。

でも、人間だから失言はします。
久間氏のイラク戦争での発言だってとくにとやかく言う気はありません。

でも安部さんの解釈はおかしい。
だったら、安倍総理か久間氏が最初からイラク戦争賛成発言をすればよろしい。
内閣不一致のような芝居をなぜしたのか、理由を書いてくださるとありがいですけど。

まあ半分森派への意趣返しなんでしょうね。

>森派への意趣返しなんでしょうね。

そんなの国民には全く関係ないことですよね。理由に全くなってないですね。

安部さんが強引にでも、久間氏のイラク戦争発言を好意的に解釈しようと思っているだけですね。

こういうことが起こるとインパクトはありますけど、それは内閣トラブル面で、イラク戦争の支持か否かではありませんよ。

でも久間大臣の発言というのは毎回必ずしも安倍政権にとってそんな結果は導き出してないんですよ。

去年の十一月頃だったかと思いますが、安倍総理は敢えて政策で安倍氏と敵対する久間氏と柳沢氏を閣内に入れて競わせたと書きました。それ以来この二人は政権の矢面となって必死に働いています。

けれど、二人とも、時たま政権の浮揚になるような、閣内不一致のような微妙なことを言っています。

閣僚という窮屈な立場にいるなりの精一杯の自分の主張の表明なんでしょうね。

久間氏と柳沢氏は、安倍氏と反対の政見を持っているけれど、安倍総理のために必死になって働かなければならないという複雑な立場に置かれている。これを頭に置かないとこの二人のここ半年間の一見不可解な行動は理解ができないと思っています。

つまり、安倍内閣がYesマン内閣でないとアピールのためにと考えているということですね。
そういうことなら、「失言」以外にも方法はたくさんありますよね。

そんなために3文芝居を見せているなら国民を馬鹿にした話だと思います。

それに大臣が内閣のため働くのは当然、久間氏と柳沢氏は大臣にならなければ、安倍政権の足を引っ張るだけの存在なのですか?

まあまあそうネガティブに考えずに。

誰が始めに言い出したかは知らないのですが、「敵は閣内、味方は党に置く」というのが日本政治の鉄則なんですよ。詳しくはこちらをご覧下さい。
http://plaza.rakuten.co.jp/kingofartscentre/diary/200309280000/

リンク先のブログ主は安倍内閣はこの原則を外していると評価していますが、私は久間氏と柳沢氏がこれに当てはまると見ています。

別にネガティブに考えてなんかいませんよ。先の久間氏のイラク戦争に関する発言は安倍内閣はイラク戦争賛成の発言を引き出すため、という安部さんの解釈がのがめちゃくちゃと思うだけで。

政敵を内閣に入れるのが、そんなにすごいことなら、社民や共産からヘッドハンティングでもして、内閣に入れればよろしい。

「政治」がうまくいくんなら、「政敵」かどうかは、関係ありません。

前のコメントの補足です。
「政治」で必要なら「政敵」を入閣させるのも、なんら問題ないと思います。
でも、芝居をやるための要員と考えているなら違うでしょ。
安部さんの解釈は政治と国民の双方をバカにしていると思いますよ。

芝居じゃないんですよ、それはリンク先を読んでもらえば分かります。

それにしても自分から辞めちゃいましたね、別に間違ったことは言っていないし、マスコミが言うほどあの発言に反発している人は多くないと思うのですが、勝負する前から逃げてはいけません。年も年だしこれで久間氏は政治家としては終わりでしょう。折角応援していたのに残念です。

ああいった場合「しょうがない」という言葉を使うのは日本語的にはおかしくなかったはずなのですが、日本語の奥ゆかしさよりも直截的な意味の方ばかり目が行っていく人が増えているのかなあ・・・

芝居じゃないんですか?

>しかしこれも計算された失言で、安倍総理が弁解をすることによって
>安倍内閣がイラク戦争について小泉内閣を踏襲することが確認されました。

じゃあこれは、どう解釈したらよろしいのでしょうか?
(この発言がなくても安部総理がイラク戦争容認を表すのは可能なのはすでに言いました)
あと、リンク先は拝見しましたが、感想は安部さんへの解釈に対するものとほぼ同様です。

久間氏の千葉大での発言の方は、1945年の話をしたのであり、現在の核容認論として受け取るのは
無理があり、その点で世論が騒ぎすぎとは思いますけどね。

訂正:
×安部総理がイラク戦争容認を表すのは
○安倍総理がイラク戦争容認を表すのは

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