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2007年7月 8日 (日)

年金の起源

陰暦 五月廿四日

 かつて破産する中世人言い訳座頭の経済学において、昔は借金の方が一般的で預金というのは近代になってからの発明ではないだろうかという説を主張したことがありました。これをもうちょっと功利主義の立場から考えてみます。そこから年金につなげてみます。

 安定していない社会においては、赤の他人に財産を預けることはできません。猫ババされても捕まえてくれる人はいませんし、たとえ猫ババされないにしても、預けた相手が戦争や飢餓で死んでしまうかもしれません。かといって床下に埋めるのも限りがあるし、土地の所有権は身分によって限られていたとなると、定期的収入があって返す当てがある人は、財産を借金という形で保有する方が合理的になります。

 借金であれば、貸した側は決して忘れません。かといって、借金を踏み倒しても死刑にはなりません。これは面白いことに世界中で共通する規範です。厳しい取り立てで死刑になった人はいても、踏み倒しで死刑になった人はいません。それに実入りが良い人は、金貸しも大きい金額を貸してくれます。これは要するに借金という形で財産を保有しているのと同じことになります。

 現代人はバランスシートは最終的に必ずプラスにしておかなければいけないと思っていますが、昔の人は最終的に必ずマイナスにしていたのでした。これによって、プラスの金を紛失するリスクを負うことなしに、財産を帳簿上に(借金という形ですが)溜めることが可能になりました。財産のバーチャル化は借金から始まったと言えるでしょう。

 さてこれがなんで年金と関わってくるかというと、中世欧州の借金の証文には「養老年金として年○○%を甲は乙に支払う」という文言がでてきます。これは何かというと、どうやら利子の取り立てが禁止されていた中世の欧州でも、「お年寄りにさしあげる年金基金への出資」という形でなら利子を取り立てることが許可されていたらしいのです。

 このような抜け道があったので、ユダヤ人でなくても金貸しは可能でした。貸し倒れリスクが低い、筋の良い低利の債権は自由民に独占されていて、おそらくユダヤ人は貸し倒れリスクが高くて、筋の悪い高金利のサラ金をやらされていたのだと思います。だから嫌われたのでしょう。

 ホロコーストって言うのは政治家が人気取りのために行うサラ金の取り潰し、要するに徳政令だったのだと思います。大体こういうことをやると経済が混乱して庶民は苦しむので逆効果ですが。たいてい庶民が先にサラ金の取り潰しを求めるのでどっちもどっちです。サラ金には低所得者救済の役割があるので、一方的に悪者にしてはいけません。

 というわけで、どうやら年金というのは、キリスト教会によって利子を取り立てることが禁止されていた中世の欧州において、金貸しが利子を取り立てるための隠れ蓑として出発したらしい。

 だからといって養老の意味が全くなかったかというとそうでもないと思います。つまり、金貸しの元締めというのはたいていが教会だったからです。教会はお布施によってたまった財産を貸していました。教会が利子を取り立てるのは憚られるので、慈善目的に使うお金の寄付という形で利子を取り立てたのでしょう。そして、ある程度は実際に慈善目的に使われたのだと思います。

 プラスのお金を預けて、どの場所でも引き出すことができる、という銀行の制度は、教会なら世界中どの教会で祈っても善徳が神様の前に積み立てられる、という信仰のシステムと実は同じなんです。

 金融制度は宗教と一心同体で育ってきました。それは古代支那において最初に文字を生みだした神政国家「商」が商売を表す文字になったのにも現れています。戒律、来世、学術、教会。即ちこれを商売の用語に置き換えると、商道徳、継続性、帳簿、支店になる。宗教に求められる要素と金融に求められる要素というのは全く同じです。

 年金は既に中世欧州に存在しました(証文に養老年金が頻繁に登場するから)。これは庶民が教会に財産を積み立てて、老後に教会からお金をもらうというシステムであったのだと思います。安心して財産を預けることができたのは教会くらいだったからです。しかし預金は戒律に抵触する可能性があったので、老後の資金という形を取りました。

 前段で借金によって資産を保有できたと書きましたが、借金は安定した収入がある限りにおいて可能なので、歳を取って働けなくなると貸してもらえなくなります。ですので老後のための貯金を昔の人も求めたのでしょう。それに応えたのは宗教です。預金、及び年金を発明したのは宗教です。

 更に教会はその年金資金を使って金貸しをして運用していました。金融と年金というのはその起源から密接に結びついていました。年金というのは優れて金融的な存在であり、そこには金融の要素が全て含まれています。

 てなことを考えると、教会への預金というのは親方日の丸の郵貯への預金と同じようなもので、中世から近代の変わり目に日本と欧州で発生した政教分離にまつわる凄惨な混乱というのも、郵貯の民営化にまつわる混乱と同じだったのかもしれませんね。多分イスラム世界でも宗教団体が最大の金融機関で、これがネックになって近代化が阻まれているのでしょう。何故かというと、宗教団体というのは、戒律があるので純粋に金儲けができないから、近代社会の金融として不適格であるからです。戒律のためならば採算割れしても金を貸すべきという声が常にあって、それが経済を歪めるからです。

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