« ケルト神話 | トップページ | 神話も結構流動的 »

2007年9月10日 (月)

八高線撮影紀行

陰暦 七月廿九日

 風邪もままならないというのに天気がよくなったので飯能へ八高線を撮影に出掛けました。青春十八切符の期限が迫っている以上やむをえまい。本当は高崎から乗って八高線を乗り潰す予定だったのですが、調子が悪いので止めました。しかしこの炎天下の下、東飯能から金子まで歩き通すことの方が考えてみれば体に堪えたかもしれません。明日はじっくり寝よう(^^;

 なぜ東飯能かというと、阿岩橋を渡る列車を撮影したかったから。八高線に乗るたびにあの鉄橋から見渡せる狭山丘陵に魅了されてきました。あれだけ遠くまで見渡せるのだから、きっと下から鉄橋を撮せば絵になるに違いないとずっと思っていました。

 幸い手元にある「東京多摩地図」に飯能の地図も入っていました。飯能は高麗の隣であり、かつては高麗郡に属していました。それだけに帰化人系の史跡があるわあるわ、もう目白押し。白髯神社、八幡神社、金子神社がそこら中にあります。特に白髯神社は場所によっては「くだら神社」とよむこともあるくらいで、これは百済系渡来人が故郷の祖先信仰をよりどころとして入植地を作った名残です。高句麗神社の「大将軍碑」もその一形態。祖先は厳つい顔をした髯の豊かな老人として表されることが多いです。一種のトーテムポールと思っていただければいいでしょう。

 相模國と武蔵國を作ったのは帰化人と言っても過言ではないのです。

 東飯能駅に近い白髯神社は鳥居のすぐ前に踏切があるのでこんな写真が撮れました。


 西武6000系と白髯神社。


   神社側から撮った西武9000系(多分)。

 鳥居前に見える自転車は近所の子供の。境内で友達とカードゲームをしていました。家から持ってきたりんごをかじって一休み。続いて河岸段丘を下りて阿岩橋へ。


 先日の台風九号による増水で逆巻く怒濤と化した入間川、怖いですねえ・・・

 阿岩橋のたもとには犬の公園があって、そこの駐車場を拝借して列車を待ちます。ところが、着いてすぐに一本通り過ぎて、これはものにならず、そのあとがなかなか来ない。待つこと三十分、やっと来ました。


 やや逆光気味なのが玉に瑕、ですが、まあまあのでき。

 そろそろ熱射病になりつつ、これから金子駅まで一山超えなければなりません、しかし犬も歩けば棒に当たる、山道で一枚、


電線の影さえなければ完璧な一枚。写真って難しいなあ...

 桂の里というそば屋で一服。蕎麦の味は相変わらず私にはよく分からないのですが、天麩羅が非常に美味しかったです。

金子から狭山市に入ります。関東有数のお茶の産地です。ここも電車から一面の茶畑が見渡せるので、お茶畑の中を疾走する209系を撮そうと思いました。


 電車が来る三分前に逆光であることに気がつき、全速力で反対側まで渡って死にかけながら撮した二枚。撮した時は今日の中では一番しょぼそうだと思ったのに、帰ってから見てみたところ、一番良く撮れていたのは不思議でした。(トリミングには苦労したけれど)

 味気ないアルミ製車両も茶畑のはっきりとした緑の中では意外と映えます。今度秋にまた撮りに行こうと思いました。

« ケルト神話 | トップページ | 神話も結構流動的 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173723/16385426

この記事へのトラックバック一覧です: 八高線撮影紀行:

« ケルト神話 | トップページ | 神話も結構流動的 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ