リオグランデの素兎(しろうさぎ)
陰暦 八月八日
小さくか弱い動物が強くて獰猛な動物を出し抜いて海や川を渡るという神話は、太平洋周辺で広く見られる神話であるそうです。日本の「因幡の素兎」もその中の一つです。
「アメリカ先住民の神話伝説」(R・アードス、A・オルティス編、松浦俊輔、中西須美、前川佳代子ほか訳、青土社)で紹介されている神話の中にその一類型がありました。神話というものがどのように変化しながら伝わっていくかを知る丁度良い手がかりになります。
それはテワ族の「熊の脅し方」という話です。
<赤大岩の丘>に住んでいた小さな兎は、ひらうちわサボテンの実が大好物でした。リオグランデ川の東岸沿いのサボテンの実をあらかた食べ尽くしてしまった兎は、川向に渡ろうとします。そこで川の精霊に願うと、精霊は快く向こう岸まで兎を渡してくれました。
そこに<熊のお兄さん>が現れて、兎の首飾りを欲しがります。熊と兎は翌日に勝負をすることを約束します。
明くる朝、兎は古ぼけた鈴を拾います。そして川の精霊に頼んで向こう岸に渡してもらいます。勝負というのは、野原の中に円を描いてその中に座り、何があってもそこから動かないというものです。始め、兎が円の中に座り、熊が森に隠れて恐ろしい声を上げたり、木を倒したりして兎を脅かそうとしますが、兎は動じません。
次に、熊が円の中に座ります。兎は森の影で鈴を鳴らしながら声を張り上げます。鈴の音を初めて聞いた熊は恐ろしくなって逃げ出してしまいます。兎は賭けに勝利しました。
とても牧歌的な話ですね。これだけでは短いのでいまいちよく分かりませんが、推測するに元々は、熊がサボテンを独り占めして兎に食べさせようとしなかったなどの挿話が付いていたはずだと思います。そうでなければ兎が熊と勝負をするメリットがあまりありません。鈴も、水の精霊に貰ったものかもしれません。
さて「熊の脅し方」の組み立てを簡略化すると、
兎ーサボテンー川ー川の精霊ー渡るー熊ー賭けー鈴ー兎の勝利
となります。
本朝の「因幡の素兎」の方はどうかというと、
兎ー海ー鰐(鮫、または鯱)ー賭けー渡るー兎の失敗ー大国主命ー蒲ー兎の復活
となります。
物語の部品を分析すると、
(1)弱い動物・・・兎
(2)水・・・リオグランデ川、日本海(沖の島ー気多岬)
(3)保護者・・・川の精霊、大国主命
(4)怖い動物・・・熊、鰐
(5)賭け・・・円から外に出ない、兎と鰐の数を比べる
(6)復活アイテム・・・鈴、蒲
となります。その順序が
「熊の脅し方」では1→2→3→渡る→4→5→6→兎の勝利
「因幡の素兎」では1→2→4→5→渡る→兎の失敗→3→6→兎の復活
となっています。つまり「熊の脅し方」と「因幡の素兎」は"(3)保護者"の登場順序が入れ替わっているだけであることがわかります。それだけで、こんなにも様相の変わる話になっています。
保護者を先に登場させた「熊の脅し方」では兎が順調に熊に勝ちました。保護者を後に登場させた「因幡の白兎」では、そのために兎が一度敗北する必要がありました。話の混み具合からすると「熊の脅し方」の方が原形に近く、「因幡の素兎」の方が後から手が入っているのでしょう。
その理由はすぐに分かります。「熊の脅し方」では主人公は兎ですが、「因幡の素兎」は大国主神話の一つとしてこの神話が出てくるので、主人公が兎から大国主命に入れ替わっているからです。
このように神話というのは、その土地土地の事情を取り入れて、順序を変え、登場人物を変え、主役と脇役が入れ替わり、海が川になりというような入れ替えをしながら広がっていくのです。
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