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2008年3月27日 (木)

強訴と審議拒否戦術

陰暦 二月廿日 【表千家利休忌】

 毎度毎度日本では野党が条件闘争を始めると国会が空転してしまいます。歴史に共通点を見出すと、日本の野党の戦術は山門南都の衆徒(僧兵)のやり口と そっくりです。寺院の中では熾烈な派閥争いがあって様々なポストを奪い合っていました。もちろんポストには荘園その他の旨味が付いてくるのと、名声のため です。

 山門と南都の寺院は国家鎮護を祈祷する国家機関ですので、上級職の任命は朝廷が行います。そこで衆徒は朝廷に熾烈な猟官運動をしかけます。これがうまくいかなくなると御輿を繰り出しての強訴に発展します。

 強訴にも様々なルールがありまして、木津川(宇治川)を渡るか、洛中にはいるかなどの段階がありました。これで"本気度合い"を朝廷にアピールするわけです。他には、御神輿を放棄して退散するという手法もありました。御神輿に触るには資格が必要ですので、朝廷としては運んで帰すわけにも行かず、かといって盗まれたり傷つけられたりしては大失態なので警備をしなければならず厄介でした。

 衆徒は武装していましたが、源氏や平氏に一蹴されているので大した戦力はありません。彼等がよって立つ背景は"神仏の御威光"しかありません。しかし公家はこれを信じていましたので、派閥争いで政治を混乱させる衆徒を止めることができませんでした。

 しかし、天皇や院が本気で怒った場合、武力を用いた討伐も行われます。こうなると衆徒もしばらく黙るしかありません。朝廷を本気で怒らせない程度に最大限に権益をアピールをする、このかねあいが強訴の肝でした。

 近代の国会でも「俺たちはこれだけ怒っているのだぞ!」ということをどれだけ示せるかが戦術となっていて、これはとても英米式の議会とはほど遠い実態です。井沢元彦先生式に言えば「俺たちは怒っている→政府は和を乱している→俺たちを無視したら怨霊になるぞ」という形で政府を脅迫するわけです。衆徒の場合は「俺たちを無視したら、怨霊の鎮魂をやめるぞ→国が乱れるぞ」という理屈です。

 日本の議会が政策の整合性を戦わせる場にならない原因は、結局は有権者がそれを理解しないと言うことに尽きると思います。応援している政党が、他の政党と取引をして、自分たちの側にどれだけ利益を引き込むことができたか、という視点で政治を見ることができる人が少ないのです。それよりも「世論」という御神輿を担いでの強訴の方を面白がる日本人の気質に問題がある。

 ただし、国会議員の方にも問題はあります、自民党なら商店会とか農協、野党であれば労働組合といったところにしか顔を出さず、政治が国民の生活にどのような影響を及ぼしているのかの説明がありません。もっとお祭り(それも古いコミュニティーだけでなく、ニュータウンも)に顔を出したり、PTAとか子供会に出席するべきなんですね。インターネットカフェを巡回するにしても一回や二回ではダメです、何度も定期的に回って初めてそこで寝泊まりする人も何かを訴える気になるでしょう。


 追記 野党が審議拒否を戦術として使うのは会期が限られているという日本の国会の特徴に直接の原因があるのですが、でもこの会期の問題がなくなっても、別の形で"強訴"は続くだろうと私は思います。ごね得を許している原因の一つには和の必要以上の重視があると思います。

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