« 李代桃僵(一) | トップページ | さすがに断酒をすると逆に狂うので »

2008年4月24日 (木)

李代桃僵(二)

陰暦 三月十九日

 どこの藩でも多かれ少なかれこの二分化は始まっていたので、予想以上に武士から豪商農への政権交代はスムーズに行われたのだと思います。

 また、廃藩置県で藩主は厚遇されたのに対して、家老を初めとした高級武士には財政的な配慮がほとんどなかったのですが、商工業の社会のトップに立ってい たのは藩主であり、農業の社会のトップに立っていたのは家老達譜代の家臣だと考えれば、勝った藩主が果実を得て、負けた家老が落ちぶれたのはごく自然な現 象であったといえるかもしれません。

 元々はヒモが付いていないはずだったニュートラルな財源が、時代を経るうちにいつの間にか行政側の権利となってしまい、彼等の生活を守るためにしか使用できなくなってしまって財政が硬直化する。

 いきなり財源を取り上げると猛反発が起きるので、徐々に既得権保持者に回す財源を絞っていき、新しく成長した分野と手を結んでもう一つの政府を作ってこっちを本丸にする、これが日本人が特異とする「改革」の手法なのではないか、そんな着想を得ました。

 氏姓制度から律令制への移行、王朝国家から幕府への移行、幕藩制度から近代国家への移行、どれも従来の制度を温存させたまま新しい政府を作って徐々に移行するという形を取っています。明治維新はその総仕上げであって、新しい社会はその時には既にできあがっていたのです。倒すんじゃなくて、より魅力的な政府を作って、国民を呼び込むわけです。一時的に政府が並列状態になっても気にしない。

 とすると、徳川から薩長への政権交代によって新しい社会ができたわけではないんですね。倒幕と王政復古が必要であったのは、実体がなくなった農村に寄生する武士階級を葬り去るための最後の仕上げでした。

 現在潰れなければならないのは、この近世後期に作られた豪商・豪農が支える社会です。これは大東亜戦争でも潰れませんでした。

 豪商・豪農が潰れたあとに誰が主役になるかについてはまだ考えがまとまっていません。郵政選挙で自民党は彼等を見捨てて新しく造った城に移動したのですが、去年の参議院選挙では"反動"が起きて豪商・豪農層が巻き返しましたが、所詮は潰れる運命の城です。あの選挙は改革の前進を示す物ではなくて、あれこそが反動に他なりません。

 参議院を滅びいく階層のガス抜きのための徹底的な儀礼的存在にするというのも一案かもしれません。選挙区を思いっきり農村や圧力団体に有利な形にする。実権はとことん奪う。反動とはいえ、今の参議院の姿もまたこの国のゆくべき道を指し示しているように私には思えます。これからも参議院は文句ばかり言う存在であり続けるのではないでしょうか。むしろこれをスモモとして積極的に活用することはできないでしょうか。


李代桃僵・・・すもも、ももにかわってたおる

三十六計の一つで、立派な桃の横に李があって、桃に行くはずだった虫が全て李にたかって桃が守られたという話。今回の話とはちょっと意味が違うのですが、何となく三十六計を題名につけたくなって、一番意味が近いこれにしてしまいました。カッコをつけているだけであんまり意味はありません。

« 李代桃僵(一) | トップページ | さすがに断酒をすると逆に狂うので »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173723/40973060

この記事へのトラックバック一覧です: 李代桃僵(二):

« 李代桃僵(一) | トップページ | さすがに断酒をすると逆に狂うので »