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2008年6月22日 (日)

田原総一郎もたまにはいいことを言うじゃないか

陰暦 五月十九日

 ”事件”の当事者として語る民主党の公約批判は正論だ

 田原氏は発言のブレが大きい気がするのですが、あるいは番組や雑誌を作るプロデューサーや編集者の意向に添ってその都度テレビや雑誌上での自分のカラーを変えているだけであって、彼個人としては至極まともな感覚の人なのかもしれないですね。

 サンデーの雷句先生の問題でも浮かび上がってきましたが、芸能人や漫画家の自己表現という形を借りつつ、その実個人的な思惑でテレビ番組や新聞や雑誌を 作っているプロデューサーや編集者なるものが社会に与えている影響の大きさというものに我々は目も向ける必要がありそうです。

 どの業界でも、中堅の部門統括者というのはいて、現場では取締役や管理職よりも強い影響力を持っているものです。そのこと自体は当然だと思うのですが、メディアの場合少なからぬ数の人間の行動を左右してしまうので、彼等が暴走した場合の危険性が大きい。

 会社の外面的な責任は社長以下取締役が取ることになっています。こういった部門統括者は、官憲が捜査に入るような大問題でも発生しない限り、外からは責任は問われません。それだけに高い倫理観が不可欠な地位であると思います。

 テレビや雑誌などはエンターテイメントなので、あるいは自分の趣味で番組を作るくらいならいいと思いますが、彼等が何らかの政治的意図を持っていたとしたらどうでしょうか?漫画家や芸能人は実入りは多いかもしれませんが、会社という組織の中では現場の肉体労働者と同じ地位しかありません。管理職も現場のことはなかなかわからないのでそういった統括者に実務の全てを委ねるしかない。外から責任を問われることがない絶対権力者になってしまう可能性があります。それが個人的な思惑で、ニュース番組や新聞を作っていたとしたら何が起きるのでしょうか?

 戦前のいわゆる青年将校なる存在はこれに近かったのかもしれません。能力は高い彼等はしかし決して外から仕事が評価されることはありません。一生日の目を見ることがないことへの不満が鬱屈して社会に対する憎しみに転化したとき、軍隊も、役所も、会社も、テレビ局も社会に害悪を流す凶器になりかねないのではないでしょうか。

 ソ連やロシアや中共のように密告組織を作り上げて管理するという方法がありますが、そんなのは御免です。結局は倫理観、ノーブルオブリッジメントしかないのだと思います。

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