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2008年8月 7日 (木)

「沙石集」を読む(一)概要

陰暦 七月七日 【立秋】【七夕】

 「沙石集」という古典があります。無住一圓という鎌倉時代の僧侶が記した、分かり易い仏法の解説書です。

 無住、生年嘉禄二年(1226)、没年正和元年(1312)、姓は梶原氏で景時の姉の庇護を受けていたことがあるため、景時の縁者とも言われています。 円城寺(三井寺)で天台止観を学んだ後、奈良で戒律を受け、菩提山で真言密教を修め、最後は聖一派の人となりました(鎌倉・室町人名辞典)。

 彼が真の仏道を求める真摯な人生を送っていたことは「沙石集」を読めばわかります。けれども、彼のめまぐるしい宗教遍歴は、まるで「自分にあった生き方」を求める近代人に近いのではないかと思えてきます。教団には入らなかったものの、念仏宗や日蓮宗にも造詣が深く、新仏教にも多大な興味を抱いていたことが見て取れます。日本人は昔から宗教にはそう厳密な考え方はしていなかったのです。

 無住の到った境地は、仏教も、神道も、儒教もその土地土地の文化に合わせた説き方をしているだけで、より良く生き、後生の安穏を願うという目的は同じであり、どの宗教を信じても最終的にはお互い調和するはずであるというものです。これは中世以降の日本人の標準的な宗教観です。

 急に抹香臭いことを言い始めてしまい、既に読者の二、三割は逃げて帰ってこないものと思いますが、何で沙石集に興味を持ったかというと山本七平さんがどこかで日本人の宗教観を知るためのかっこうのテキストとして紹介していたからです。

 沙石集の仏教・神道・儒教の解釈は、厳密に言うと間違いなのかもしれません。無住は仏法の真実に迫ったと感じていたのでしょうが、本当は彼自身に確固とした日本人的な考え方があり、様々な宗教からそれを補強する考え方を取り入れて、日本教とでも言うべき新たなる思想を作り上げたと言うべきでしょう。

 難しい言葉を並べてしまいましたが、無住が取り上げている説話は分かり易く、ユーモアにあふれています。江戸時代までは沙石集は、庶民を教化するための教科書としてお坊さんによって説かれていたそうです。

 いつか沙石集の現代語訳を出したいなと思っています。それくらい面白く、ためになる本です。

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