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2008年12月11日 (木)

シルバーロードとドル(一)

 世界史の用語に「価格革命」というものがあります。16世紀から17世紀前半にかけて、世界中で継続的に銀の価格が下落(商品価格が上昇)した現象です。原因は、南米で発見されが銀鉱山と日本の石見銀山から大量の銀が世界中に流出したからです。

 産出元の南米は無尽蔵の銀で安く本国のスペイン・ポルトガルから生活用品を手に入れることができました。やがてイベリア半島で銀が十分に行き渡って、価 格差の旨味がなくなると、スペイン人はイタリアやドイツといったまだ銀が高値で取引される地域で物を買うようになります。

 銀が国全体に行き渡るまでには時間がかかりますので、それまでの間、銀を手にしている人は、彼我の銀の価格差だけで儲けを得ることができます。南米の文化が享楽的なのは、この時に働かなくても銀を奴隷に掘らせるだけで本国から贅沢品を輸入できた時代の名残です。またスペインは16世紀までは繊維業で儲けた工業国でしたが、植民地から入ってくる銀でイタリアやドイツからなんでも買うことができたので、国内の製造業は破滅しました。それ以来スペインは未だに産業が壊滅したまま立ち直れないでいます。

 価格革命は百年かけて東アジアまで到達しました。西側からはポルトガルが、東側からは太平洋を越えてスペインが銀を支那に持ち込みました。目的は支那の絹織物です。明では農民の副業として絹の製造が盛んでした。明は不兌換紙幣を発行していたのですが、本当になんの後ろ盾もなかったので、恒常的にハイパーインフレ状態でした。そこで支那の庶民は銀を貨幣として使うようになりました。やがて政府も年貢の銀納を認めるようになります。

 価格革命の最後の到達地である支那では銀が圧倒的に不足していました。反対に、欧州では価格革命が一回りし終わったところなので銀が剰っていました。スペイン・ポルトガルの商人は有り余る銀で絹織物を安く輸入ができたのでした。支那の人件費は、銀という国際通貨上は安かったと言うことになります。

 日本では織豊政権による天下統一がなり、欧州からの技術導入によって、銀の生産量が上がっていました。16世紀末から17世紀初期にかけて、日本の銀の生産量は世界の三分の一を占めていました。力を蓄えた武士や豪商が欲しがったのが絹織物でした。日本はこれまた有り剰る銀を輸出して支那から絹を輸入しました。

 ここで面白い現象が発生します。支那で銀が蓄積されるにつれ、銀の価格が下落します。商品の価格は上がります、即ちインフレです。インフレするにつれて、絹の価格は上がります。スペイン・ポルトガルの商人はもはや昔のように安い価格で絹は買えなくなりました。ここまでは珍しくはありません。

 面白いのは日本で起きた現象です。支那産の絹の価格が上昇するにつれて、国内の絹以外の米や塩まで価格上昇しました。支那のインフレが輸入されたのでした。商人は絹貿易で利益を上げるために、絹を値上げし続けました。それで絹の消費量が減ればそれまでだったのでしょうが、当時の武士はまだ財力がありましたので、絹の消費量は減りませんでした。社会の安定で開拓が進んで、国内の農産物の生産量が拡大していたので、権力者の武士の収入は上がり続けていたからです。

 国内の物価上昇の原因が絹であることを把握していた徳川幕府は管理貿易に踏み切りました。これが鎖国です。丁度そのころから石見銀山の金の産出量が減り始めたので、絹の消費熱もさめてきました。鎖国は、日本が銀を世界通貨とした、グローバル経済システムから離脱したことを意味しました。コントロールできないインフレ(場合によってはデフレ)が交易によって輸入されることを徳川幕府は拒否したのです。

 二百年後、銀価格はさらに下落しました。しかし日本国内では17世紀の銀価格で固定されていました。開国によって日本国内の銀価格が国際的な実勢にあっていないことが明らかになり、急激なインフレが輸入されました。これによって徳川幕府は庶民から信任を失って瓦解しました。

 ここまでのことは「鎖国とシルバーロード・世界の仲のジパング」木村正弘 サイマル出版会 に詳しいです。

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