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2009年1月 9日 (金)

かなしい日本の大人達

陰暦 十二月十四日

 現在の日本が抱えている問題はというと、

  1. 老後の生活が不安
  2. 少子化
  3. 経済の低迷

 等でしょう(雇用不安は経済の低迷に含めます)。これらを解決するためには

  • 税金・社会保険の負担を上げて福祉政策の財源を増やす
  • 国内の需要を増やす

 しかないわけです。

 実は3.経済の低迷は、1と2が解決すれば自動的に解決します。

 消費税でも社会保険料でも所得税でも何でもいいのですが、十分な財源が得られれば、医療や介護に従事する人の給与が増え、設備に回せるお金も増えます。保育所も増えます。年金の財源の不安も解消します。

 そうすれば、高齢者は安心して医療や介護にかかることができますし、夫婦は安心して子供を作ることができます。これによって福祉で食べていける人が増えます。また、子供が増えれば人数分の内需が増えることは自明です。

 公務員の数を減らしたり天下りをなくせば全てが解決するかのように言う人がいます。はっきりいってこれは嘘です。

 今の日本政府の台所状況では役人が全員上杉鷹山のような聖人であっても国民に対して何もすることはできません。今いる国家公務員が全員無給で働いたところで、1兆円しかお金は工面できません。(ただし自治体は人件費の削減でかなり効率化が可能かもしれませんが)

 逆に、十分に財源があれば、どんな悪代官がトップに立っていようとも、問題はたちどころに解決されるでしょう。

 今の政府が国民に十分サービスを提供できないのは、政治家や役人が私腹を肥やしているためでも、非生産的な事業にお金がつぎ込まれているためでもありません。欲しがっているサービスに見合うだけの税金を国民が納めていないことに尽きます。

 官僚を非難する政治家や評論家がいますが、彼等は増税という不人気な政策を唱える勇気がなく、そしてエリートの悪口を言えば応援してもらえると、私達の浅ましさを見透かしているのです。

 元々金がないのですから、いくら官僚を叩いたところで金は出てきません。けれども、安易な政治家はそれをまた官僚のせいにするでしょう。このままでは官僚叩きは日本の統治機構が破滅するまで続くでしょう。あるいはどこかで官僚が虐待に堪えかねて反旗を翻すかもしれません。官僚の中には軍人も含まれます。


 いい加減にいい大人が他人の悪口で満足するなどと言うみみっちいことはやめて、欲しいと思うサービスに見合った報酬をサービス提供者に与えるべきです。これは政府に対してだけではなく、業務や外交全てに対して当てはまります。今の日本の大人はありとあらゆる場面でサービスに対して正当な対価を与えることを怠っています。

 とどのつまりは、感謝の心を失っているのです。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

>とどのつまりは、感謝の心を失っているのです。
 神であれ自然であれ、日本人の根源的なものは「感謝する心」なのだと自分も思います。正当な対価を支払うということは、相手の行為を(自ら)評価(認識)しているということでもあります。
 デフレが脱却出来なくなっている市民感覚が、消費と労働との平衡感覚が崩れていることにあるのではと考えています。正当な対価を支払うということは、相手の労働に対するコストも含めて自ら「考える」ことが出来ているということなんだと。
 

 最終製品を作る会社の繁栄は、高性能な部品を作る下請けがあってこそです。しかし、今の日本の大企業は、自分たちを支えてくれている下請けに十分な報酬を与えることを怠っています。

 また今の日本の生産と消費を支えているのは流通ですが、卸屋小売りもまた輸送業者に正当な報酬を与えることを怠っています。

 競争はあって然るべきですが、明らかに事業として成り立たない価格で仕事を請け負わせるのは犯罪に等しいと思います。

 人数としては下請けや輸送業で働く人の方が多いわけです。大企業が彼等に正当な報酬を払わなかったため、彼等の所得が伸びず、それによって住宅・乗用車・家電などの消費が伸び悩んでいます。大企業は自分で自分の首を絞めているのです。

 弱いところを叩いて、短期的に増収に成功した経営者(あるいは政治家)が評価される現在の日本の状況は修正する必要があります。

 護送船団方式の悪弊はもう十分に払拭できたと思いますので、今度は政府の役割を再評価するべきでしょう。これは別に今までの改革が全て間違っていたというわけではなく、世の中というのはこうやってジグザグしながら前に進む物だと思うのです。

 そう言う意味では・・・最近の大人はちょっと柔軟性を失っているような気がしますね。

 まあ政治は組み合わせなんですよね。上げ潮派の政策で潤沢に資金を供給したところに、福祉や公共事業で雇用を作る、けれども役人が暴走しないように不断に監視する、制度のメンテナンス(構造改革)は怠らない。

 でもどの政策を唱える人も、自分の政策を採用すれば全てが解決するかのようにいっている。これは政治家が権力闘争に政策を利用しているのと、視野が狭い学者が悪いのだと思います。

 物事は多面的だということから無意識的に日本人は目をそらしているのかもしれません。消費者としての自分を強調する方が気が楽なので、安い商品の裏には安い賃金で働かされている自分がいると言うことから目をそらす。

 我々がこのように物事を多面的に見ることができなくなった原因として、マスコミの安易な報道姿勢があると思います。

 だからニュースなどは、無理に一つの結論を出そうとせずに、何か出来事があったら受益者と被害者双方を価値判断抜きで報道して欲しいですね。昨今の報道番組は被害者の肩を持ちすぎです。

 総理の漢字の読み間違いとか、大臣が定額給付金を受け取るかどうかなんて電波の無駄遣いです。

なるほど組み合わせですか。

>でもどの政策を唱える人も、自分の政策を採用すれば全てが解決するかのようにいっている。

最近経済関係のブログを読んでて、人によって言うことがバラバラなのは何だろうと思っていたのですが、こういうことだったんですね。

なんだかすっきり。


PS:ところで私は最近ここの更新をRSSリーダーでチェックすることが多いんですが、RSSで記事全文を配信する設定にしていただけると、オフラインでも読めて嬉しいのですが、お願いできますでしょうか? できなかったらごめんなさい。

NMRさんおはようございます。

福祉国家と上げ潮政策は本来同じ土壌に上がって戦うのはおかしい次元が異なる政策です。

福祉国家と構造改革は相容れない部分が多いですが、全くの不倶戴天の敵同士かというとそうではなく、構造改革の考え方は、これから政府の役割を再び拡大して行くにあたって役に立ちます。

軍事にたとえると上げ潮政策が兵站で、福祉国家が戦略で、構造改革は現場の作戦といえると思います。

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