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2009年2月22日 (日)

ぶれなきゃいいってもんでもないだろ

 最近の麻生政権に対するマスコミのやり口はあれですね、乳飲み子を抱えた母親に四方八方から猟犬をけしかけているのと同じですね。母親が政府で、子供が日本経済、猟犬はマスコミ。

 母親は子供を放り出せば逃げられるけれど、それは到底できない。猟犬を追い払おうとすれば子供を守るのが手薄になって横から別の犬が子供にかみつく。結局母親は子供をかばって犬に自分の肉を食いちぎられるのに任せるしかない。まさに外道です。

 母親としては、いっそ自分が喰い殺されたとしても、それで犬が腹一杯になれば、その隙に子供は逃げられるかも、ということを期待するしかなくなります。そりゃ政府も小泉政権のようにマスコミとの戦いに専念すれば、それなりに相手にもダメージを与えられるのでしょうが、それで経済がお留守になってしまっては意味がありません。

 マスコミというのはやろうと思えばどんな政権だってネガティブキャンペーンで無能な政権に見せることができるわけです。これは情報に限らずどの商品にも言えることで、近頃の商品は高度になりすぎて、消費者が自分の経験だけでは良し悪しが判定できなくなっています。広報戦略でどんなまがい物でも良品として売りつけることが可能なのが今の世の中です。作り手が職業倫理で自らを律するしかありません。

 でもそんなに長く続くとも思えません。騙せると言っても限度はあるからです。

 後ひたすら"ぶれない"ことばかりを評価するのもどうなんでしょうか?政治家に必要なのは国民のためになる政策を実現することで、同じことばかりを言うことじゃないでしょう。

 そもそもぶれないことが政治家の最高の徳目なんだったら国会で議論なんかする必要はありません。意見を交換した結果として、発言が変わっていくことは充分あるからです。国会は口喧嘩のチャンピオンを決める場所ではありません。

 それにぶれないけれど政策は国民のためにはならない政治家だったらどうするのでしょうか。お昼に床屋で聞いたラジオで小泉さんはぶれないから信頼できるとしきりに久米宏が持ち上げていましたが、まあ小泉さんがそうだとは言いませんが、ぶれずに国民からふんだくる政策をモットーとしている政治家を信じてどうしようというのでしょう?

 "ぶれない"はもしかしたらファシズムを日本に呼び込む呪文かもしれません。問答無用、信じられる政治家は政策は不問でとにかくついていくべき、これでは完全にファシズムです。だいたいぶれなくて個人的に信用できるんだったら、昔からの任侠が一番信用できるということになると思うのですが、任侠には国を任せることはできないでしょう。

 郵政選挙の結果がよほど悔しかったのかもしれませんが、だからと言ってファシズムを醸成していったいどうしようというのか。

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コメント

「ぶれている」といわれている麻生さんですが、「政局より政策」と言う点に於いては一貫しているように思えます。

 民主党も「反自民」という点ではぶれていませんが、主張はしょっちゅうぶれまくっていますよね。

 人間ですから、探そうと思えばいくらでも前と違った部分を探すことはできると思います。

 小泉さんはそこら辺、敵から尻尾を掴まれないようにするのが上手でしたが、それが国民のためになる政治をしてくれるかどうかというとまた別の話です。

 小泉さんの"信用できる"というのは個人と個人の関係で信用できるというものでして、じゃあ個人として信用できれば、政策は二の次でもいいのかというとそうではないと思うのです。

 もっと日本人は功利的になって「誰が俺に得をさせてくれる政治家なんだろう」という目で政治家を見てもいいと思うんですよね。

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