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2009年2月18日 (水)

政府教徒の信仰告白

陰暦 一月廿四日 【雨水】

 国民は政府を利用するべきであり、政府が正しいかどうかにこだわるべきではありません。という風なことを言うと、普段「政府を信じていない」といっている人ほど腹を立てます。何故か 彼等は政府について損得を基準に語ること自体を罪悪視しているようなのです。

 どうやら政府は本来は牟謬で慈悲深いものであるべきなのに、今の政府は不純でけしからんと言うのが彼等の主張らしい。

 不純でも国民がそっから利益を引き出せればそれでいいじゃん、みたいなことを言うと顔を真っ赤にして怒り出します。じゃあ帝国軍人みたいな純粋な人たちが政権を握ると経済が滅茶苦茶になるよ、というと「不純でうまくいっているよりは、純粋で痛みに苦しむ方がいい」とまで出す始末です。

 これはどうも信仰に近いような感じを受けます。宗教家が唯物論で神仏の効用について 語られると烈火の如く怒るのと何だか似ています。

 どうも「政府のことなんか信じていない、政府は国民をだましている」と主張している人ほど、実は心の奥で政府のことを信仰しているようなのです。

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コメント

 「政府教は邪教だから「地方分権教」へ入信を」というのが、「失われた××年」で説かれたことですね。

 塩野先生の「神の代理人」で、
『過度の禁欲は、しばしば狂信の温床となる。』なぜならば、『禁欲生活によって肉体はやせ衰えるが、想像力はかえって活発になるからである。』『彼らは、その欲することをことごとく正義と信じ、その信じることをことごとく神の啓示として現実に見るようになる』『そして、神から選ばれた自分こそがそれを実現せねばならないという使命感が、彼らの心を燃え立たせてくるのだ』

『善良な人々に、犯した罪の数々をあばきたて、彼らを地獄の恐怖に突き落とすのは、キリスト教会の最も得意とするやりかたである。』『地獄への恐怖をかきたてながら、一方では天国へ行ける可能性をちらつかせるのも止めないのだから、ますます効果的というわけだ。』
を思い出しました。

 かつて日本人は「国への依存心が強すぎる」と散々言われてきましたが、現在の日本人の極度の政府不信はその裏返しでどっちも不健全な状態なのではないでしょうか。

 山本七平先生や小室直樹氏が「実体のない虚体語が極限まで膨らんだ瞬間にくるっと天秤がひっくり返ってさっきまでと正反対のことを言い出す」と表現し、岸田秀先生が「日本人は精神分裂症である」と表現したことが、不況という異常事態の継続にたえきれずしてまたぞろ表面化しているのかもしれません。

 マスコミや民主党はまさしく戦前のマスコミと軍部が果たした役割をなぞっています。まあ今回は他国に迷惑はあまりかけずに済みそうなことだけは救いですが。

 二十世紀のキリスト教は"悪魔"を排除してしまいましたが、悪魔って言うのはキリスト教が果たしている社会的な役割から信仰という虚飾を剥いだ姿なんですよね。

 過度に政府を痛めつけ、日本経済はダメだといっている人たちを見ると、ペストを追い払うために自らを鞭打って回った中世の修道士を思い出してしまいます。社会保障の拡充なんかしたら、苦しみが薄れて贖罪意識が削がれるからダメなのでしょう(苦笑)

 遠藤周作先生が書いていましたが、キリスト教を深く信仰すればするほど、悪魔の誘惑は強く実在を持って迫ってくる物らしいです。

 巨大な"善"だけでは精神の平衡が保てないので、巨大な"悪"を自らの中に生み出すのでしょうね。

 米国人はまだ悪魔を結構信じているらしいですが、欧州では悪魔の心配をする人はあまりいなくなったみたいです。これはとりもなおさず、欧州人のキリスト教信仰が薄れてきているからだと思います。

 まあ彼等は新たなる神である「自然保護」と悪魔「温室効果ガス」を信じているみたいですけれどね。彼等にとっては風力発電の塔は天国に上るための階段、鯨は神からの使徒なのでしょう。

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