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2009年4月 9日 (木)

エコロ派も懐疑派も混乱している(二)

陰暦 三月十四日 【笠間稲荷春季例祭】

 人間が発生させた二酸化炭素やメタンがここ数年の気候変動の原因ではないという懐疑派の主張は正しいと思います。別に人間活動が地球環境を破壊しているのでないとすれば(煤煙とか有機水銀のように明らかに自然に悪影響を及ぼす物質の垂れ流しは除きます)、人間はどんどん活動を活発化させてみんなで豊かになればいいことになるはずです。

 けれどもエコロ懐疑派は、エコロ派の非科学性を証明した返す刀で、工業社会を批判するのが常道です。どうもエコロ懐疑派も、工業社会を否定したい点ではエコロ派と一緒であり、エコロ派のやり方では真の意味で工業社会を覆すことはできないという意味でエコロ派を非難しているようなのです。

 二酸化炭素を出すこと自体が悪でないのだとすれば、燃料の当てがある限り、人間はどんどん化石燃料を消費してみんなで豊かになればいいという話になるはずです。

 日本の例を見ても分かる通り、工業技術が進めば進むほど、エネルギー消費の無駄は減りますし、有害物資の排出量も減ります。それにどうやら人間は豊かになれば余り子供を作らなくなるらしいので、人口爆発を抑制する一番確実な方法は生活水準を上昇させることです。

 昭和四十年代の日本や今の支那のような状態が人間や自然にとって一番良くないことは論じるまでもないことですが、その解決はよりいっそう工業化を進めることによって達成されるはずです。

 また、エコロ懐疑派によると森林には二酸化炭素固定効果はありません。私もそう思います。だとしますと、極限ですが、自然環境に対する郷愁を無視できるのならば、地球上から森林を消滅させても、問題はないことになるはずです。

 しかしエコロ懐疑派は温室効果ガスの問題を論じる際は科学的に話を進めるのに、ことが森林や野生生物におよぶと、途端に情緒的になります。これはおかしいと思います。森林や野生生物に関しても、冷徹にそれらが地球上で果たしている機能の上から論じるべきです。

 森林、沼沢、海浜などの機能は、地表面を冷やしたり、湿度を保つこと、そして多用な生物を育むことであろうと思いますが、必ずしも体系的に科学的証明はなされていません。

 もし科学力で森林、沼沢、海浜などが果たしている役割を代替できるのであればそれらを全て消し去って、地表面を人工物で埋め尽くしても問題はないはずです。生物の命を奪うことへの反感や嫌悪感はあるでしょうが、人間以外の生物に精神を認めるかどうかは各人の価値観によって大きく異なります。人間以外の生物に精神を認めることを異端としている宗教だってあります。動物愛護の押しつけは、そういう人にとっては迷惑な話なのかもしれません。

 自然環境を守りたい、という主張は「子供の頃から見慣れた自然環境を守りたい」というその人個人のエゴであり、それならばエコロ派の主張する情緒的二酸化炭素削減対策と大差ありません。

 エコロ派の情緒的二酸化炭素削減も工業界にとっては迷惑千万ですが、エコロ懐疑派が二酸化炭素は悪くないと主張しながら、なぜか結論を工業社会の否定に持っていくやり方にもついていけません。

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