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2009年4月 5日 (日)

「機動新世紀ガンダムX」の感想(ネタバレ)

陰暦 三月十日 【清明】

 昨日と今日で「機動新世紀ガンダムX」の第三クールを一気にレンタルしてみてしまいました。エレノア国に入ってから、これまでの軽いノリが一転して深刻 になり息をも付かせぬ展開で途中で止めることができなくなってしまい、レンタル店まで走って最後まで借りてきてしまいました。

 ガロードがパイロットとしての能力に目覚めて戦場で存在感を増すと同時に、ティファの心はガロードに大きく傾いてニュータイプとしての能力が大幅に低下 します。しかし、ふたりがお互いに掛け替えのない存在であると気づいてから、ティファの心の中で「ニュータイプ」という言葉へのこだわりは消えて、ガロー ドのためにかつて忌み嫌った己の能力の強化すら望むようになります。この当たり、女性の心理を見事に描いているのではないかと思います。

 物語や詩において女性が「強くなりたい」と願うのは性への目覚めであるからです。このティファの目覚めが最終回での月面基地でのD.O.M.E.との邂逅につながります。能力自体は善でも悪でもなく、結局は使い方次第であるということを意味しているのです。

 見ている間ずっと気になっていたのは、月面基地を誰が管理しているのかと言うことでした。無人であれほどのシステムを管理するのは難し い、しかし有人だとするとガロードや新連邦政府がサテライトシステムを駆使するに任せていたことが理解できません。これは最終話で月面基地に全ての陣営が 到達したときに解明されます。サテライトシステムを管理していたのは、電子情報化された「ファースト・ニュータイプ」の意思でした。

 ここでこのファーストニュータイプが誰であるかということが問題になります。ララァは宇宙の藻屑と消えましたし、アムロとシャアは生死不明、ジュドーは木星だか地球だかでゲリラをやっているはずです。となると候補者はカミーユ、ウッソ、シャクティに絞られます。

 しかしウッソとシャクティは反連邦の陣営にいますし、大人しく解剖されるとは思えません。それにまだこの時は四、五十くらいで死ぬよう な年齢ではないと思います。となると、連邦に身柄が確保されていて、解剖されても文句を言わない人物となるとカミーユしか考えられません。

 そういえば「時が見える」とか「ニュータイプはいないんだ」などと電波で辛気くさいことを言うのはいかにもカミーユらしいといえます。D.O.M.Eはおそらくカミーユなのでしょう。

 「ガンダムX」はニュータイプという概念に一応決着をつけました。実質的に前期のガンダムシーズのフィナーレといえると思います。アニ メファンの間では余り話題にされることがなく、私もMAGICARUさんから薦められるまで見ていなかったのですが、良くできた作品であると思います。

 前半は大きな戦いよりも個々のキャラクターの生き方に焦点を合わせて、バラバラのエピソードをつなげて、秩序を失ったアナーキーな世 界を見事に描いています。そして後半は大きな戦いの中で主人公が無力さに打ちひしがれながらも自分たちの力で歴史を変えています。超人的な力を持ちながら も政治に翻弄される一方であったこれまでのガンダムの主人公とは一味違います。しかも自然にガロード達が歴史を動かすようにストーリーを持っていっている ところは見事であるといえます。

 魅力的な登場人物が多いこの作品、私は特にフロスト兄弟に惹かれました。最初はかっこつけすぎでバカみたいでしたけれども、やがて彼 等がニュータイプのできぞこないであるという劣等感を抱えていることが明らかになり、その劣等感をバネに次々とニュータイプや高級将校を粛正して、最高指 揮官のブラッドマン卿の側用人にまで上り詰める様は圧巻です。そしてカミーユの電波ユンユンな誘惑にも負けませんでした。素晴らしいと思います。助演男優 賞物です。影の主役と言っていいでしょう。

 ガロードの合理的思考も立派です。ウッソとシャクティの駆け引き上手も大したものだと思っていましたが、ガロードはそれを上回りま す。クワトロやラクス・クラインよりもガロードの方がずっと政治的センスがあります。ティファを確保した上でコロニーレイザーを破壊するところなんざしび れました。ガンダムの主役の中で一番(唯一?)正気で、ガンダムを最大限に"利用"しているとおもいます。

 これは宇宙世紀編のガンダムの幕切れとして相応しい作品であると思いました。ニュータイプという大風呂敷をまとめたスタッフに喝采を 送ります。これだけきれいにまとめられてしまうと、その後に作られたガンダムがストーリー的に中途半端になってしまったのもやむを得ないかなと思いまし た。

 一番えらい数学者は命題を与える数学者であるといわれます。富野の御大が「Zガンダム」で出したニュータイプという大風呂敷・・・も とい、命題に振り回されつつも取り組んだのがそれ以降のガンダムで、「X」が一応の答えを出した以上、その後に続く作品は枝葉の定理の周りでうろちょろす るしかないのは仕方のないことだったといえるでしょう。

 主要登場人物が一人も欠けなかったのも良かった。

 ガロードとティファちゃん、いつまでもお幸せに。

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コメント

はじめまして。
「ガンダムX 感想」で行き当たりました。
とても興味深く読ませていただきました。
リンクを張らせていただきましたのでご報告です。

投稿: さわK | 2012年7月 6日 (金) 06時05分

さわKさん初めまして。

リンクありがとうございます。

政治に翻弄されることなく、自分らの生活を守ったがロードとティふぁは立派だと思いますね。ウッソとシャクティもそうでしたが。

90年代後半のガンダムシリーズの主役たちはたくましいので私は好きです。

これからもよろしくお願いします。

投稿: べっちゃん | 2012年7月 7日 (土) 11時58分

ターンエーガンダムで、富野御大自らすべてのガンダムを「全肯定」するまで
G、W、Xはそれぞれ別世界だったので、D.O.M.Uを宇宙世紀のNTに当てはめる必要はないかと思います。
当初は古谷徹をキャスティングする予定だったらしいですが。

高松監督は、それ以前の監督作品である勇者シリーズでも、メタフィクションを多用したシニカルな作風が特徴でXでも踏襲されています。
番組開始時に多数のコロニーが落ちていく描写は、志も何もなくただガンプラを売るために続けられていくガンダムシリーズに対して「もう何もないんだよ」という皮肉だと言われています。
Vガンダムを作っていた頃、心を病んでいた富野監督の影響を受けてサンライズ自体にそういう諦観が蔓延していたのでしょう。
ガンダムがジャンルとして成長し、G20やガンダムエースといったガンダム専門雑誌などというものが成立する少し前の空気です。

とはいえ、GやWに比べるとXは好きな作品でした。プラモの出来も良かったし。
高松監督と川崎脚本のコンビでは「勇者警察Jデッカー」が大好きです。

投稿: 3gou | 2012年7月16日 (月) 11時40分

3gouさん、こんにちは

今Wを見ていますが、確かにGWXは宇宙世紀とは別みたいですね。

Xは繋がっているとも繋がっていないとも取れる作りになっていると私は思いましたが。

私は結構Vガンダムは好きなんですが(だってあれ超ハッピーエンドだし)、冨野御大はあんまりお気に召さないのですか。そういやサンライズの紹介ページもえらくおざなりでした。

Wは一つ一つの話は面白いですが、全体としては何を言いたいのかよくわかんないですね(^ ^;

投稿: べっちゃん | 2012年7月16日 (月) 21時29分

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