2024年3月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 七つの海 | トップページ | 小泉進次郎氏は北海道九区から立候補すべし! »

2009年5月23日 (土)

安易なる野党主義

陰暦 四月二十九日

 この前立川の古本市で見つけた小泉信三(皇太子時代の天皇陛下の師匠、慶応大学総長)の随筆集の中にいい文章がいくつかありましたので紹介します。間違いなく絶版でしょうから著作権的な問題はないでしょう。

「安易なる野党主義」

 新聞その他の言論機関は、もともと野党精神から生まれたものであるから、政府その他権力者に対する攻撃批判は、その本来の使命ともいうべきものである。 従って、新聞雑誌の紙上に、政府支持よりは政府反対の言論をより多く見るのは、全体主義国以外では、当然といえる。それは十分諒とすべきことであって、特 にここに認めなければならぬ。

 ただ、今日日本で、この風潮は度を越えているように見える。そうしてこれが言論機関の識見の高さからではなくて、却って安易なマンネリズム、または一種変態(引用者注:形を変えた)の保身主義から出ているのではないかと思わしめるもののあるところに問題がある。実例から入る。

 新聞雑誌が軍人の横暴を批判するのは当然である「ペンは剣よりも強し」見ようによってはペンは剣を制するためにあると言ってもよいだろう。けれども、批判は常に強いものに向かって加えられなければ無意味である。もしも軍人が真実横暴を働くときに沈黙し、彼等が無力となって、爪も牙も抜かれてしまった後になって、喋々これを悪罵するというようなことが行われたら、人はそれをなんとみるであろう。特に日本語の読める外国人はなんと見るであろう。遺憾ながら戦後の日本において、これに類することの行われたこと、今も猶行われていることは、否みがたい。

 横暴といわれた軍人はなくなった。今日、かつての陸海軍とは反対に、およそ無力の存在となっているものは、日本の自衛隊である。自衛隊は批判者を反撃しない。かつての陸海軍とは違い、なんといわれても、祟らない。およそ今日の自衛隊を批判するほど安全な、たやすいことはないのである。無論、自衛隊に対する全ての批判が、みなただ安全であるからとの考慮からだけなされていると視るのは当たらない。中に公正な、誠実な批判もあることは争うべくもないのである。ただ同時に、安全でかつたやすいからとの考慮(意識的に、あるいは無意識的に)に発した嘲罵の類も、確かに少なくないのは、遺憾としなければならぬ。私が容易なる野党主義と言い、一種変態の保身主義と称するものは、それである。安全だから批判するものは、安全でなくなれば、黙するであろう。

 先頃の勤評是非は、ここでは問題外である。いずれが是、いずれが非かについては、批判を避ける。ただ日本現在の風潮において、例えば文部省と日教組が対立するとき、世の評論家にとって二者のいずれに味方することがたやすく、いずれに味方することが苦しいかは、一考を要する。私一個としては、文部省を批判する方が日教組を批判するよりもたやすいように見えるのであるが、どうであろう。日教組を批判するものは、少なくとも保守反動のレッテルを覚悟しなければならぬ。文部省を批判したところで、記者や評論家には、なんの祟りもない。無論全ての評論がこの考慮に支配されているなどと言うのは当たらないが、知らず識らずの間、この考慮に支配されているものも、決して少ないとはいわれまい。ここに容易を欲する順応主義、保身主義が、却ってしばしば勇気ある在野党主義の姿をかりて現れることを知らなければならぬ。

 いいにくいことは、誰にでもいいにくい。けれども、そのいいにくいことを言うのが言論者の責務ではないか。前に軍部の横暴ということをいったが、常時軍人の中にも、一部の軍人の分限を忘れた、専恣(引用者注:ほしいまま)の言動を苦々しく思うものは、確かにあったのである。しかし、多数のものは、仲間受けのよくない、軍人の自重を説くよりも、一緒になって、政治の腐敗や資本主義の行き詰まりを合唱するの易きについて、そうしてその結果があの通りの始末となったのであった。

 同様のことは、他の社会群にも見ることができる。例えば、大学の教授仲間で、教授の学者及び教育者としての責任と自重を説くことは、大学自治権の主張を合唱するよりも、確かに困難であろう。また、作家の会合で、例えばチャタレイ判決の暴悪を攻撃することは、作家の自由の限界を説くよりも、確かにたやすい。そのたやすいことを、たやすいが故にするという風潮は、果たしてないかどうか。

 一種の村八分を恐れる、このような心理が、今日あまりにも人々を支配してはいないだろうか。剛直のように見える順応主義、野党的に見える御用主義、ここに日本で我々の互いに自ら戒めなければならないものがあると思う。

(昭和三十三年十一月三日)

 旧仮名遣いは現代仮名遣いに直し、難しい漢字は現在の用法に直しました。

« 七つの海 | トップページ | 小泉進次郎氏は北海道九区から立候補すべし! »

コメント

これ、今の時代にもそのまま当てはまりますね。結局マスコミは昔からあんなだったんですね。

しかし当時と違って、今はネットがあります。"安易なる野党主義"を批判する論調、冷静な意見を個々人が自由に発表、意見交換できるようになりました。(もちろん玉石混淆ですけども)

ネットの言論空間が、いずれは"安易なる野党主義"に対抗する力を持つようになるんでしょうかね。
(僕はなってほしいと思いますが)

 言葉を入れ替えれば色々なバージョンが作れそうですね。この文章は大変良くまとめられていますので、テンプレートとしても使えると思います。

 ただ、ネットには破壊力はありますが、まだ養う力は不足していると思います。

 良質な報道をした人とか、面白い芸を見せた人が、ネットを通してメジャーになっていける態勢ができればいいですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 安易なる野党主義:

« 七つの海 | トップページ | 小泉進次郎氏は北海道九区から立候補すべし! »