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2009年6月 4日 (木)

桑の葉のそよぐ国

陰暦 五月十二日 【伝教大師忌】

 標題は藤沢周平の上杉鷹山伝である「漆の国のみのる国」をもじったものです。

 「漆の実のみのる国」は前半が改革派の家老竹俣当綱(たけのまたまさつな)と官僚の莅戸善政(のぞきよしまさ)が愚鈍な殿様である上杉重定を隠居させ て、英明な養子の上杉治憲(鷹山)を藩主に据えるまでを、後半は青年君主の治憲が米沢藩の立て直しに悪戦苦闘するも、天明の飢饉といった天災に襲われるな どの不運もあってなかなか治績が上がらず、藩の困窮は続き、最後の最後に隠居していた莅戸善政が家老に取り立てられるところまでで終わっています。

 莅戸善政は初期の改革が行き詰まったときに一旦隠居して、藩の問題はどこにあるのかをじっくりと分析して、再建策を練り直していまし た。米沢藩は莅戸善政のその立て直し計画を採用することにより財政再建に成功するのですが、この部分は小説では描かれていません。読んだ人は物足りなさを 覚えるかもしれません。私もそうでした。

 実は上杉鷹山に関する伝記の多くがそうでして、詳細な記述は莅戸善政の財政十六ヶ年の基本計画の登場で終わっています。鷹山の実像を 知る一級史料として、莅戸善政が記した鷹山の言行録(言葉や行いを書き記した本)である「翹楚論」(ぎょうそろん)があります。けれどもそれ以外に鷹山を 外から見た記録が少なく、藩の立て直しが軌道に乗ってからの鷹山を描くのが難しいのかもしれません。莅戸善政は十六年計画を出して数年で亡くなっていま す。莅戸善政が亡くなってからは鷹山は米沢藩では神のごとき存在になってしまいますので、冷静な目で彼を観察した記録が残っていないのでしょう。

 上杉家は文書の保存がしっかりしていますので、鷹山の日記や藩の会計帳簿などは残されているはずです。今後の研究の成果が待たれるところです。

 しかしどうやって立て直しをしたかが全く分からないのか?というとそのようなことはなく、最終的には絹織物の生産に成功したの と、紅が江戸や上方でヒットしたことが決め手になったのが、諸役運上金の記録から推測できます。諸役運上役とは藩営の物産屋です。米沢藩は、藩の名産品を 大都市で売って儲けて、藩の立て直しに使っていました。

 米沢の紅花というのは宮崎アニメの「思ひ出ポロポロ」で物語のキーになっていたあの黄色い花です。紅花を米沢の名産品として定着させたのは上杉鷹山でした。

 小説では竹俣当綱が漆と桑と楮をそれぞれ百万本植える大殖産計画を立てて、それが失敗したかのように描かれているのですが、漆蝋は西国の櫨蝋に押されて失敗したものの、桑の方は成功したといえます(桑は絹の原料である生絲を作るお蚕さんの飼料)。

 あるいは質実剛健、儒教的徳目の大勝利を描きたい藤沢周平氏や山本七平さんなどの鷹山のファンとしては、米沢藩を立て直した決め手が着物や口紅などという軟弱なものであったことに触れたくなかったのかもしれません。

 米沢の紅、萩の蝋、薩摩の黒砂糖、佐賀の磁器、土佐の樟脳、これ全て江戸や上方の町人の贅沢なくして成り立たなかった商品ばかりです。幕末の雄藩が大砲を買ったお金の出所は町の娘やおかみさんのお化粧やお菓子の代金なんですね。

 質実剛健・勤勉ばかり取り上げるのは片手落ちです。江戸や上方の町人や将軍家の贅沢消費がなければ、上杉鷹山や村田清風の活躍もありませんでした。

 なんで生産者側が質実剛健をしなければならなかったかというと、他の生産地に対して競争力をつけるためです。生産者の給料をカットして 競争力をつけたというわけです。今の日本は全国挙げて上杉鷹山や村田清風と化していて、江戸という大消費地がなくなって困っています。明治時代以来ずっと 町人蔑視で江戸時代を語ってきたツケが出てきているような気がします。

 これは大阪出身で町人に理解があったはずの司馬遼太郎さんも変わりありません。司馬さんが町人を評価したのはその反骨精神ゆえであり、町人の贅沢を評価はしませんでした。

 だから生産側にばかり偏重した江戸時代礼賛には私も疑問を感じないではいられません。庶民は貧乏をして、高性能な製品を作って、輸出を しろ、と言っているのと同じだからです。町人がいかに上手に消費を楽しんだかも褒めるべきです。今のところこれをやったのは「お江戸でござる」の杉浦日奈 子先生くらいしか見当たりません。惜しい人をなくしたと思います

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