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2009年9月26日 (土)

易経勝手解釈(四)−山風蠱

陰暦 八月八日 【彼岸明け】

 非常にインパクトのある卦の一つである山風蠱の新解釈。

 蠱とは皿の上に盛られた食物が腐敗して虫がたかっている状態を表す漢字です。そこから山風蠱は、目をそむけたくなるような悪事や失敗が極まって、再生の状態にたどり着いたことを表す卦とされています。

 山風蠱の爻辞(解説)は、父の蠱・・・、母の蠱・・・という書き方になっています。そのことから、山風蠱は父母の悪事の尻拭いを子供がするときの在り方を示しているという説明がされていますが、これでは孝を人間性の最上位に置く儒教の根本教典である易経にそぐいません。

(18)山風蠱
卦辞
伝統的解釈
べっちゃん解釈
 
 蠱は元に(おおいに)亨る(とおる)、大川を渡るに利あり、甲に先立つこと三日、甲に後れる(おくれる)こと三日  卦の形が、三匹の虫が食い合っているように見えるので蠱である。
 物事が崩壊し、再生しようとしている状態を表す。だから大いに進むのである。
 思い切ったことをするには絶好の機会である(大川を渡るに利あり)。
 甲に〜ついては古来より定まった解釈がない。
 神霊が集まる山に殯屋(もがりや)を立てて死者を虫や鳥に食べさせてるのが蠱である(風葬、鳥葬)。
 新しい当主が先代から祖先の霊を受け継ぐのが殯(もがり)であるので、死者を送るのは悲しいことであるが物事は大いに進む。
爻辞
伝統的解釈
べっちゃん解釈
上九 王侯につかえず、その事を高尚にす  王侯に仕えることのない隠者を称賛している爻辞である。  殯が済んだばかりの後継者は宮廷に出仕しない。何故なら、祖霊を受け継いだばかりで霊的に高ぶっているからだ。
六五 父の蠱に幹たり、もって誉れ有り  周囲の後ろ盾があって、父の偉業を受け継ぐ。  父親の殯を立派にやり遂げた。跡継ぎは周囲から称賛を受けるだろう。
六四 父の蠱に裕する、往きて見て吝する  柔弱な性格だと、父親の失敗の立て直しはできない。  父親の死に装束を着て、父親の死体の横に寝て、父親から祖霊を受け継ぐ。
 山へ行って父親の霊を呼び戻そうとする。
 おそらく大嘗祭の古い形式と考えられる。
九三 父の蠱に幹たり、少しく悔いあり、大いなる咎なし  父親の失敗の立て直しをする場合でも、親をないがしろにするようなやり方をしてはいけない。親も悪気があったわけではなく、小さな失敗で済んだのは、親が積み重ねた徳があるからだ。  父親の殯を執り行っている最中に、小さな天罰(悔の原義)が落ちることがあるが、殯をきちんとやっていれば重大な祟りにつながることはないだろう。
九二 母の蠱に幹たり、貞うべからず  母の失態を譴責するときには、四角四面にやってはいけない。  母親の殯を取り仕切る場合、殯の期間を占って決める必要はない。昔から決められた通りにやればよい。
初六 父の蠱に幹たる子有れば考(ちち)の咎なし、れい(厂に萬)ば終に吉  子供が父親の失敗を立て直す。このような恥ずかしからぬ子がいれば、家は立ち直るので吉である。  父親の殯を取り仕切る子孫が有れば、亡父は祟り(咎の原義)をなさない。慎重に殯を執り行えば、先代の霊(厂萬)は家を守ってくれるので吉。

 蠱が腐乱状態を表しているのは間違いがなさそうです。山風蠱の解説は、腐乱の進行を表しているようにも読めます。となると、父の蠱、母の蠱はそのまま父母の死体の腐乱と読むべきではないでしょうか。

 則ち、山風蠱とは、親の殯葬(もがり)のやり方を表しているのではないでしょうか。そうすると、あら不思議、難解であった爻辞が整然と理解できるのです。

 まず山と風の組み合わせが何故「蠱」になるのかから。

 従来の解説では、象形が三匹の虫が入り乱れている姿に見えるからとされていますが、象形から卦の解説を進めたのは後世の儒家であって、易経を作った古代の思想家ではありません。あくまで山と風から解釈すべきです。

 私の解釈は、死体を祖霊が集う神聖な山へ安置して、風に当てて(あるいは野鳥についばませて)送る風葬(鳥葬)であろうという物です。

 古代の支那でも、西戎は鳥葬を風習としていたと史記か十八史略にあったと思います。周は元々遊牧民で、荒々しい文化を持っていましたが、文王の父の季歴の時に大幅に文化を改めたとあります。その時に鳥葬も改められました(だったと思います、記憶で書いていますので確認はしていません)。

 風葬や鳥葬が整備された形態が殯(もがり)です。古代の日本では、大王が亡くなると墳墓の予定地に殯屋を建設して、大王を送りました。

 殯が占トと関連があった形跡もあります。日本の天皇の殯の期間はまちまちです。足かけ三年に及んだ大王があるかと思えば、死の翌日に葬られている(墳墓に埋められている)大王もいます。生前の業績に比例して期間が決められたとも言われています。多分そうなのでしょうが、こう言うときは古代では必ず神様に伺いを立てるという形式を取って決めているはずです。

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コメント

 初めまして。白えんぴつと申します。
 蠱卦が葬儀を指しているという解説、驚きつつも元に納得いたしました。

 一般の解説本などで「蠱」の字が非常にネガティブに捉えられているのに対して爻辞では堂々と「元いに亨る」とか「大河を渉るに利し」などと述べられていて、ギャップの大きさに私は疑問を感じていました。「幹」を「ただす」と読ませたり、初6から「父の蠱を幹す」とあるのに「腐敗・壊乱した後に回復する卦」と評したり、従来の解釈には他にも強引で理解しがたいところが沢山あります。

 それに対して、蠱の字を「死別」として解釈すると、爻辞がスムーズにつながり、父子関係が強調されている理由も説明できますね。「大河を渉る」とか「事有り」といった戦争に関係した記述は、新たな王が即位して国土を広げようとする様子を指しているのかもしれません。

白えんぴつさん初めまして。

山風蠱の解釈をお褒めくださりありがとうございます。とても嬉しいです。

孝は中国人にとって最高の規範ですので、それを否定するような卦があるのはおかしいですよね。

>新たな王が即位して国土を広げようとする様子
そう言う解釈も可能かもしれません。

山風蠱は卦辞も爻辞もいいことずくめなんですよね。後世の解釈は蠱という漢字のイメージに引きずられすぎだと思います。

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