北信越旅行記(五)
陰暦 八月二十八日 【ボスの日】
朝八時、鹿渡を後にして十日町へ。目指すは十日町博物館。

十日町博物館、駅のほくほく線側出口から歩いて十五分くらいの場所にあります。
なぜ十日町博物館かというと、国宝にもなった火焔式縄文土器が多量に展示しているからです。
入ってみたら、なぜだかやたら充実している蝋人形。ここはマダム・タッソーか?

帰ったぞー、今日も疲れたわい

糸紡ぎや機織りに精を出す女たち

どうだ、父ちゃんすごいだろう
わーい今日は兎鍋だ!

はいはい、今炊けますからね
ヒゲモジャのおっさんの登場比率が高いです(笑)なんだかヒゲ親父のユーモラスな表情に気を取られて本命を忘れそうになってしまいました。

火焔式時

パンクなデザイン、なおかつ繊細な作り、さすがに実物は迫力がありました。
縄文時代はドングリや動物が豊かな東日本から東北にかけての山間部の方が人口が多かったと推測され、遺跡もたくさん出土しています。十日町では立派な火焔式土器を始め、土偶や耳飾りが数多く出土しています。弥生時代以降は養蚕や畑作で人々は生計を立てました。博物館には古代の農作物、農機具、糸紡ぎや機織りの道具が展示してあり、勉強になりました。

かんじきおじさん、なかなかの男前です。演歌でも歌い出しそう

竹籠にちょこんと座る赤ちゃんがかわいいです

お蚕さんの一生

雑穀の標本
昔の穀物は丈が高い種が多く、風水害で被害を受けやすかったことがよく分かります。収穫前に風でぽっきり折れたり、穂が水に漬かって腐ればそれでお仕舞いです。うろ覚えの知識ですが、戦後の稲の品種改良の目標の一つが丈の短い稲を作ることにあったと聞いたことがあります。
一時間たっぷり見学し、民具を記録した本も買えました。大収穫でした。お昼まで飯山線がないので、そのあとぶらぶらと十日町の市街を歩き、高架を走るつばさ号を眺めたり、駅前で転ザルを食べたりしながら時間を潰しました。
さて、今回の旅最後の目的は越後線の西半分の乗り潰しです。二年前のゴールデンウイークに磐越西線と只見線を乗りに行ったときには新潟ー吉田間しか乗れませんでした。今回は残る柏崎ー吉田間です。飯山線ー上越線ー信越線と乗り換えて柏崎まで着きました。
途中の鈍行にかかっていたやたらとカバー範囲が広い路線図。新潟県と長野県と会津若松に坂田まで入っています。面積だけなら首都圏の路線図よりも広いかも(笑)

拉致・・・じゃなかった柏崎海岸、群青色の海がきれい

越後線
あとはひたすら一時間とことこと列車に揺られ、車窓を流れる風景を眺めながら過ぎていきました。吉田から弥彦線に乗って燕三条、燕三条から上越新幹線に乗って帰りました。急に思い立った割りには充実した良い旅になったと思います。
土日は日立に帰ります。それではみなさん良い週末を。
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