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2009年10月 8日 (木)

易経勝手解釈(七)ー地火明夷その二・有攸往

陰暦 十月二十日 【寒露】

 それでは地火明夷の内容を初爻から解釈していきます。

 初爻は一見して分かるように韻を踏んでおり、詩から抜き出してきていると推測できます。

  明夷于飛 垂其翼
  君子于行 三日不食
  有攸往  主人有言

 翼と食は漢和辞典によるとyi(第四声)で共通です。時代と土地によって漢字の読みは音は変わっても、平仄はあまり変わりませんので、翼と食は足韻を踏 んでいることになります。更に辞書によると、古くは食と言も同じ読みだったことがあるらしいので、この詩は三聯とも韻を踏んでいることになります。

 この中で一つだけ意味不明な部分があります。有攸往です。これは易経には何度も出てくる表現です。詩経にも出てきたような気がします。伝統的解釈では「いくところあり」と読みますが判然としません。

 そこで「字統」を引いてみますと、有はお肉を神様に捧げること、攸は禊ぎ(水で身体を浄める)をすること、往は王の安全を祈願する魂振りの儀礼とあります。

 さらに漢和辞典で音を調べると、有(you第三声)、攸(you第一声)、往(wang第四声)であり、音が似ています。

 即ちこれは神様を敬う方法を三つ並べたわけで、「わっしょい」とか「よいしょ」というような一種の掛け声でないかと思います。

 以上のことから初爻の意味を解説しますと、

  翼のような明智をそなえる箕子が飛んでいく
  君子が行くよ、世の乱れを憂いてもう三日も何も喉を通らないほど
  有攸往、王様に直言することがある

 となるでしょう。西周の時代には箕と其は区別がありませんでしたので、垂其翼にも箕子が隠れていると言うことになります。

 第二爻です。

  明夷 夷于左股 用拯馬壮

 古来難解とされた句です。特に左股の解釈に皆苦労しています。左という字には「助ける」という意味があります。左大臣や補佐という言葉 に痕跡が残っています。股(また)は信頼する身内という意味に使われることがあります。股肱の臣です。したがってこれは明夷は王の股肱の臣という意味で しょう。

 字統によると「拯」は穴に落ちた人を抱えて助け出すという形象文字です。そこから丞相(大臣)という意味が派生します。「壮」の解釈 には白川先生も苦労しているのですが、商の青銅器には王族の紋章に壮のへんである「爿」が多用されており、身分を表す標識ではないかと推測しています。で すので「馬壮」とは「馬に乗る王族、騎士」という意味ではないかと思います。

 したがって第一の意味は

  箕子は王の股肱の臣
  大臣として重用された騎士である

 ではないかと思います。

 しかしこの句には裏の意味があると私は考えています。股のつくり「殳」は「發(発)」に通じます。発というのは武王の諱です。武王の名 前は姫発です。そして「拯」には救い出すという意味があります。したがって第二句の裏の意味は、紂王に冷遇された箕子を武王が助けた、そして箕子も武王に 協力したと言うことになるのではないでしょうか。

  箕子は武王(姫発)を助けた
  箕子を苦境から救い出して重用したのは武王(馬壮)である

 第三爻です。

  明夷于南狩 得其大首
  不可疾貞

 狩りは軍事行動のことです。支那では南は上位ですので、南に狩りをするというのは主君を攻めるという意味になります。またここでも「其」即ち「箕子」が出てきます。大首というのは頭目というような意味です。

 箕子は周の武王が商の紂王討伐の兵を起こしたときに静観しました。これが商の滅亡を後押ししました。

 武王は紂王を滅ぼしたあと、紂王の王子の武庚に商の土地を継承させ、自分の弟たち(管叔・蔡叔・霍叔)に武庚を監視させました。しかし彼等は武王の死後に武庚とグルになって反乱を起こします。これを三監の乱と言います。

 三監の乱はかなり大規模だったらしく、執政の周公旦は鎮圧に苦労します。その時にも箕子は動いていません。商の人々に最も信頼されている箕子が動かなかったことによって周は最大のピンチを切り抜けることができました。

 以上のことから第三爻の意味は

  箕子が挙兵をすれば紂王や周を倒すこともできただろうに
  (けれども自制して反乱に加わるようなことはしなかった、
   あるいは自ら進んで身内の紂王に反旗を翻すような破廉恥な真似もしなかった)

 となるでしょう。不可疾貞は前の句とは漢字の使い方が違っていますので、後からの付け足しだと思います。

 後半は明日にします。

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コメント

 この時期に、「箕子」って凄く意味深な感じを受けてるんですが、どうでしょう。
 民主党の現在の「風説の流布」によって、経済から社会から「麦秋の嘆」を吟じたくなる心境からすると、グッとくるものがあります。

 意外なことに(いや当然というべきか?)これは民主党のことを占っていたら出た卦なんですよ。しかも第三爻でした。

 第三爻は伝統的解釈と私の解釈では意味が百八十度変わってきます。

 いろいろと言いたいこともあるのですが、しばらくは黙っていようと思っています。けれども地方については待ったなしなので触れておきます。

 都市部の人間は民主党の政策が進行してもひどい損はしないと思います。でも地方は疲弊するであろう事はもう二年以上前から見えていました。地方の人は、紂王(おっと誤変換してしまったけれどこっちの方が正しそうだ)の政治家やマスコミが流す甘言に乗せられるのは止めて、いいかげん本当の味方は誰であるかを見分けられるようにならないと、そろそろ立て直しのタイムリミットが過ぎると思います。

 でないと、今後地方は中央から「禁治産者」「自浄能力ゼロ」の二級市民として扱われる未来が待っています。民主党の政策スタッフや財務省はそのつもりです。健康保険や年金でも差をつけられます。支那の戸籍制度と同じようになります。中央官庁と民主党がいろいろな制度を地域別にしようとしているのは、その狙いがあるからです。

 民主党は金の卵を産む鶏を潰して鳥鍋をつつこうとしているわけで、さて満腹した後にどうなるか国民はよくよく考えてみなければなりません。

 地方の場合は金の卵を産む鳥どころか、鳥と思って食べたけれど実は自分の家族の肉だったなんて事になりそうです。

 まあ全ては財源です。財源をどうするかに政権の思想は現れます。今年も来年も税収は激減するそうですが、それでもそこからどうするのかに政権の思想は表現されます。平成二十一年度予算が楽しみです。年度内に案を出せるかと言うことも含めてね。

 地方の住民が、民主党と財務省によって切り捨てられる対象とされていることにどれほど早く気づくかは今回の選挙次第と思っていました。さまざまな特別会計や基金にしても地方への再分配政策のために必要であって、大都市部には必要が少ないものであることが何で分からないのか不思議でなりません。

 地方自治、地方分権等の「地方の自己決定の権利拡大」等のために全国一律から「地方の差別化」を推進することは、

荘子応帝王篇第七の七

南海之帝為儵、北海之帝為忽、中央之帝為混沌、儵与忽、時相与遇於混沌之地、混沌待之甚善、儵与忽、謀報混沌之徳、曰、人皆有七竅、以視聴食息、此独无有、嘗試鑿之、日鑿一竅、七日而混沌死。

 べっちゃんさんが指摘するとおり、「二級市民」ならまだ救いがある「国政選挙権」等々を喪失しても食えればでしょうけど、(誤った権利思想により)人間にしてやろうという(悪意の)賢しらな行動で虚しい屍と化した地方に呆然とするしかないんでしょうね。

 補正予算見直しの状況からは地方への配分を徹底して削減する姿勢と来年の通常国会へ、提出する2次補正と本予算の年度内成立前に二番底でそれどころではなくなる可能性も否定できません。

 今回の選挙結果は、地方を切り捨てようと虎視眈々と狙っている勢力に、「ああこいつらは馬鹿だ」と力を与えてしまったと思います。

 地方自治の拡大によって、地方によって行政サービスに差がつくようになるのでしょうが、それは住民の目には国政の失敗には映らず、道州の失敗として映ることになるでしょう。

 産業政策ならそれでもいいと思うのですが、福祉については日本くらいの大きさなら国家一律の制度を維持した方がいいと思います。

 理由は単純で、制度が大きいほど潰れにくいからです。大石死なずです。

 老齢年金の積立金は150兆円くらい、毎年の賦課と合わせて200兆円くらいだったと思いますが、これを10に分割してしまうと各道州で20兆円くらいになります。

 20兆円だと、いまのような世の中であれば、一回の運用の失敗で吹っ飛ぶこともあり得る金額です。

 地方分権というのは、手強い官僚や都市銀行から、年金とか諸々の保険の積立金を奪い取って、投資会社が喰い物にすることが目的に見えてならないんですよね。

 実際英国や北欧の年金はこうやって運用を民営化した結果、さんざん食い潰されて積み立てを激減させる羽目となりました。

 財務省とマスコミが「国家の赤字」「財政破綻」とさんざん煽った結果、日本人はストックホルム症候群に似た状態になってしまいました。

 自分を苦しめる政策を掲げる政治家ほど「誠実だ」と褒め称え、助ける政治家を「嘘つきだ」と叩くような習慣が身に付いてしまいました。

 単年度でとりあえず財政を完結させよう、というのが小泉政権と民主党の思想で、これはにっちもさっちもいかなくなった企業を立て直すときの常道であるわけですが、これは必ず大量の首切りや生産設備の叩き売りがセットになります。

 子供手当や農家の所得補償は、いわば首切り前の退職金上乗せ、あるいは安楽死のためのモルヒネに当たります。

 みんな自分は首を切られる側ではないと思い込んでいますが、本当にそうなのか、それは補正予算の停止によって、生活が苦しくなったかそうでないかで判定ができるでしょう。あまり変化がなければあなたは箱船に乗れる人間でしょうが、途端に苦しくなれば洪水に呑み込まれる人間です。

 こうして鳥を潰して鶏鍋をつついた後、「じゃあ大増税をしますか?それともばらまきを全て取り下げますか?」の二者択一を迫るのが民主党と財務省の作戦です。これによって増税か行政サービスの切り下げのどちらかができると踏んでいるわけです。

 頭のいい作戦ですが誠実ではありません。先に勝手にモデムを送りつけて、後から接続料を請求する商法みたいで、この作戦を編み出したのはおそらく怪しげな私企業に勤めた経験がある人物だろうと思います。

 麻生さんとか小渕さんのように、始めに投資をして体力を持ち直してから、ゆっくりと負担を上げていこうというやり方の方が長期的なビジョンを持っているはずなのですが、そっちのほうが享楽主義者として叩かれる始末。

 日本人は結婚詐欺師に引っかかった哀れな女性と同じような心理状態に陥っています。

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