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2009年11月26日 (木)

二酸化炭素と福祉は似ている(4)

陰暦 十月十日 【出雲大社神迎え祭】【亥の子餅】

 結局二酸化炭素自体には地球環境を悪くさせる要素はない。福祉にも経済活動を破壊する要素はない。問題は支出面にあるのではなく供給面にあるのである。これも両者が似ていることの最たる物である。

 石油の総資源量には限りがあると考えられている。福祉が相当な金食い虫であることは否定できず、それを安定的に賄うには増税が避けられない。問題は使った後の話ではなくて、どこから原材料を調達するかにある。

 石油の可採年数は技術の進歩を考慮に入れれば約50年で、天然ガスと石炭を加えれば、人間がいわゆる化石燃料をエネルギー源として活動を続けられるのは残り100〜200年であろう。原子力発電や太陽光発電はどうやら化石燃料の変わりになりそうにない。

 この100年間のうちに石油に替わるエネルギー源を見つけることができれば人間が抱えている問題は解決する。それはおそらく、人類が石油をどんどん使って活発に活動し、交流を深め、技術を進歩させることによって誰かが考えつくだろう。効果が薄い環境活動に資源を無駄遣いしたり、省資源といって縮こまっていては解決はしない。

 福祉についても、増税を国民が受け入れれば問題のほとんどは解決する。増税それ自身が富の偏在をならして社会を変革させる効果があるので、貧富の差の拡大による社会の不満も解消される。以下整理すると

  1. 二酸化炭素と福祉が世の中を悪くしているという説には根拠がない
  2. 海洋や家計資産は莫大であるので10年や20年ではびくともしないだろう
  3. 風力や太陽光それに規制緩和などの小手先の改善では問題は解決しない
  4. 問題は供給面にあり、すなわち石油に替わるエネルギー源の開発と赤字国債に替わる財源の確保である
  5. 行き過ぎた省エネや政府支出の縮小は、返って富の偏在の固定化を招き社会を破壊する

 ということになろうかと思う。漠然とした将来への不安から、二酸化炭素や福祉が悪玉とされ、しかもその問題の快活手法として小手先の手法がちやほやされてきたが、そろそろそういう現実逃避は止めにして、本当の意味での解決に目が向く世の中にしていきたい。それと一見美徳に見える節約が、その実、富の偏在を招く(これはエネルギー問題でも、福祉問題でも共通)ことは何度でも強調したい。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

http://premium.nikkeibp.co.jp/em/source/12/02.shtml

「神話」か? 「真実」か?[前編]
クラウス・チェコ大統領の叫び
2008年6月23日(月)公開
 「危機に晒されているのは気候変動ではない、自由である」

 2007年6月14日、刺激的な見出しが英フィナンシャルタイムズ紙を飾った。チェコ共和国の現職大統領であるヴァクラブ・クラウス氏が気候変動問題について寄稿したのである。同大統領は、目下、先進国をはじめ各国の共通課題となっている気候変動の問題を「プロパガンダが真実となってしまった典型的な例である」と言い切っている。

 クラウス大統領は、「地球温暖化は、自然科学というよりも社会科学の問題であり、地球平均気温のコンマ数℃の変動よりも、むしろ人類とその自由についての問題である」として、次のように主張している。

気候の小さな変動は、遠大な制限的対策を必要とするものではない。

自由と民主主義への抑圧は避けるべきである。

人々の行動に枠をはめるよりも、皆が望むように生きることができるようにしよう。

科学を政治的テーマとして扱うことに抵抗し、「科学的合意」という表現に反対しよう。それはいつも、声高な少数派によりもたらされるもので、声なき多数派によるものではない。

「環境」について語るのではなく、私たち個人の行動のなかで気を配ろう。

人間社会の自然な発展を謙虚に確信しよう。発展の合理性を信頼し、(あえて)阻害したり方向を変えたりしないようにしよう。

破滅的な予測に怯えず、それが人間生活への不合理な介入を擁護したり促すことのないようにしよう。

 現在確認されているのは、わずかな地球の気温変化だけであり、人類は今後の自由な発展のなかで地球温暖化の問題に対処していくことができるとする考え方に、クラウス大統領が立っていることがわかる。


 「環境主義」は「共産主義」と並ぶ脅威 クラウス大統領の主張の背景には、同国が旧共産党体制の下で受けた長年の言論弾圧があるものと思われる。「共産主義のもとで大半の人生を送った人間として、『環境主義』が自由や民主主義、市場経済と繁栄への脅威であると言わざるをえない」としており、「communism」に並ぶ言葉として「environmentalism」という言葉を使用している。米国の前副大統領のアルバート・ゴア氏による映画『不都合な真実』や、英ニコラス・スターン卿による報告書『スターン・レビュー』、IPCCの主張などを正しいものとして、温室効果ガスの排出抑制のため、人々の合理的で自由な生活を規制・管理する政治的な指令が繰り出される、反論するものは非難される……。クラウス大統領の脳裏を、共産主義政権下での苦い思いがよぎっているものと思われる。

 同大統領は、米国のマイケル・クライトン氏(SF小説などを多く手がける作家)やリチャード・リンゼン教授(米国マサチューセッツ工科大学、気象学を専攻)など、気候変動に疑問を呈する人々の論拠を挙げ、反抗を試みる。

 クライトン氏「人類が直面しているこの最大の挑戦は、幻想からの現実とプロパガンダからの真実という特徴的な挑戦である」

~省略

一方で、大規模な製造業が衰退しつつあり、かつ中東欧に大きなエネルギー効率改善の余地を抱える欧州起源の気候変動の議論は、排出量取引を含む金融手法と一体化して発展してきた、という側面を持つ。気候変動をめぐるビジネスは、すでに大きな広がりを得ており、特に金融機関が参画することで「CO2の価格」という、誰も手に取れないもの、金庫にしまっておけないもの、正確な計量もできないものが世の中を闊歩している。しかもポジティブなイメージで。批判するものには、誰でも容赦なく世論が攻撃する。あたかも中世の「魔女狩り」のように。「神話」が堂々と歩いているのかもしれない。

 かつて、社会主義の理論的支柱となったドイツ生まれのカール・マルクスは、「万国の労働者よ、団結せよ」と叫んだ。当時の過酷な労働条件に苦しんでいた多くの労働者たちは、マルクスの言葉に酔った。

 気候変動の議論でIPCCが、「地球は温暖化している、救えるのは今しかない」と言っていることに対し、世界を挙げてエネルギーの効率的な利用に努めることは、現代に生きるわれわれの責務であると確かに思う。しかしながら、社会主義体制が結果として崩壊したように、継続困難な進め方は、必ず崩壊する時が訪れる。常に批判の目を持ち、持続的成長が可能な社会を考えることが、気候変動の問題に取り組む際の前提でもあるのでは、と感じられてならない。

 今回のべっちゃんさんのエントリーを読みながら同様の指摘をする方達は居るのですが、なかなか公のメディアで取り上げられないことは日本だけではないようです。
 IT系の発達とは逆に情報統制を必要とする方たちの思惑と身の安全の確保等々が絡んでいるのかもしれません。
 一般庶民は迷惑ですね。
 

 20世紀の人類は民族自立と共産主義という幻影によって苦しめられましたが、21世紀の人類は二酸化炭素悪玉論と新自由主義経済学という幻影によって破滅の淵に追いやられるのではないかという危惧が日増しに強くなっています。

 だいたいに二酸化炭素削減も、一番エネルギーを無駄遣いしている都市のしかも何も生産していない運動家とか中途半端な学者とか金融業がの人間が、製造業が必死に育てた技術を二束三文で発展途上国に売り飛ばすことを命じたり、バイオ何とやらで農業を振り回して農家に余計な投資をさせたり、必死に生活水準向上に取り組んでいる発展途上国の成長に枠を嵌めようとしたり、不遜で不誠実ですよね。

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