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2009年11月28日 (土)

局所適応を防ぐためのツールとしての哲学

陰暦 十月十二日

 歳入不足の時に歳出削減にいそしむのは正しいことですが、これにより政府支出が減れば経済が縮小して、税収が減ります。

 自然を守るために節約をしよう、政府は歳出削減をするべきだとテレビ局が言っています。これによって経済が沈滞すれば広告収入が減ってテレビ局は赤字になります。

 デフレを防ぐための財政出動や円売りドル買いを非難していた政党がありました。政権を取ったときに何も行動することができなくなってしまいました。

 これらすべて目先の正義や利益にばかり目を奪われて、全体のことや先々のことを忘れていたために起きた失敗です。どうも最近このような局所適応による失敗が増えているように思います。

 このような行動を取っていると、回り回ってこのような矛盾が発生する。そういうことを延々と追求して矛盾がない体系を追い求めたのが数学と哲学です。学問は完璧な説明を追い求めますが、完璧な体系それ自身を目的としたのが数学と哲学です。だからこの二つは理系と文系の学問の王様なんですね。

 戦後の教育は(日本に限らず世界的に)哲学を軽視してきました。しかし哲学がないと人間というものは目先のことしか考えなくなります。それでも生活知や世間知みたいなもの(金は天下の回りもの、自縄自縛)があれば破綻を避けるための安全行動が取れるのですが、都市化・分業化・コミュニティーの崩壊は人間からそういった庶民の哲学を奪いました。

 普段からの行動の積み重ねがないと肝要なときに適切な行動が取れなくなります。責任者になってから急に考えや行動を変えるなんてことはできないわけです。要領がよいことを過大に評価する風潮が強いですが、これとてもうまく立ち回っているように見えてその実いろいろなところに綻びが出ているし、自分の背反する行動の辻褄を合わせるためのエネルギーは大変なもので、元々が美味しい思いをするために始めたはずだったその場しのぎの言動に振り回されて自分の利益が損害を受けるなんてことになりかねないのです。

 まわりくどいように思えるかもしれないけれど、人類はもう一度哲学を勉強し直す必要があると私は思います。

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