春秋左氏伝データベース
陰暦 十二月十二日【道元禅師誕生会】
春秋左氏伝データベースを僖公元年(西暦紀元前659年)まで更新しました。
覇者斉の桓公の活動がピークに達した年です。この時期、不作や害虫発生の記事が散見し、気候が不順だったことがわかります。同時に狄の行動が活発化し(牧草地が枯渇したのでしょう)魯の近郊などの中原にまで侵出するようになります。
クライマックスが衛の滅亡で。鄭と並んで中原の花として栄えていた衛は内部分裂もあって狄に滅ぼされてしまいます。
これに対して斉の桓公は、宋、曹の軍を率いて狄を追い払い、衛を再建しました。正直斉のことが好きではなかったらしい孔子でさえ「論語」の中で讃えています。
ちょうど同じ頃ユーラシアの西側ではスキタイの遊牧民帝国が成立し、アッシリア帝国がメソポタミアを統一、エジプトまで攻め込みます。狄の活発化と何らかの関連があるかもしれません(スキタイに押されて南側に逃れた人々はアッシリア帝国を作り、東側に玉突きされて押し出された狄が中原に攻め込んだ)。
ついでに言うとこの後に西周の実質的な支配者となる晋は支配領域が草原に食い込んでおり、遊牧民と思われる卿大夫がいたり、馬車を主力としていたり、姫姓と言うことにはなっていますが、半分遊牧民の国だったのではなかろうかと私は思っています。
「易経・春秋・漢字」カテゴリの記事
- 易経勝手読み(八七)…沢水困(2018.08.28)
- 易経勝手読み(八六)…水風井(2018.01.24)
- 古代シナ史の三重構造(2018.01.14)
- 機織りと漢字(3)…哉・載・歳(2017.07.02)
- 機織りと漢字(2)…成・戒・國(2017.06.28)
この記事へのコメントは終了しました。


コメント