陰暦 一月朔日 【正月】
しかしまあ借金をしなければならないというのは要するに金が足りないと言うことを意味するのだと思います。ふんだんにあれば借りる必要はありません。足りないものは借りないと使えませんからね。ごくごく基本的な理屈です。
足りないのなら作ればいいだけの話です。稀少なものが増えて稀少価値がなくなって困るのは、稀少なものを蓄えている人たちです。つまり金が増えて
蓄えた金の価値が目減りするのを嫌がっているのは国民に他なりません。高齢化が進んで、金を貯めてはみたけれど、最早自分では使うことができないという人
たちが増えたのがデフレの根本的な原因だと私は思います。
彼等にとっては 使うことによって得られる満足 < 貯めることによって得られる満足
になってしまっているのでしょう。若ければ使うことで自分や自分の子供が育つので使うことに重心があるわけですが、年を取ると貯める方に重心が移ってしまうのでしょう。
政治家も財務官僚も日銀官僚も、国民総しぶちん現象を十分肌で感じているから、デフレから脱却する
政策が一向に実行される気配がないのでしょう。
従ってしぶちんどもが、自分の子孫たちのためにお金を提供しよう、という心理にならない限りはデフレは解消しないのではないかと思います。今の三十代の
人たちは1995年以来続くデフレ不況で人生を狂わされた人たちが多いわけですが、「自己責任論」が年配の人たちに受けるのは、彼等に自分の貯め込んだ財
産を提供して後進世代を救おうという意思が全くないことを示しているのだと思います。
年を取った人たちが頑張り屋なのは認めますが、デフレ不況の中社会に
放り出された人たちは頑張る機会(就業の機会)すら与えられなかったのですから、そもそも仕事もないのに頑張れとは酷な話です。
自己責任論というのは、人の助けを借りないという覚悟ではなくて、人を助けてなんかやらないという薄情者の言い訳なんですね。
自己責任や財政再建を標榜する政治勢力が年配の人から受けがよいのはこのあたりに原因があると思います。
最近のコメント