日本の所有権の発達(六)・・・戦国大名の登場
陰暦 七月二十一日
どうも前回のエントリーは説明不足だった気がしたので、もうちょっと補足します。荘園制と太閤検地の間には戦国大名による領国制があります。戦国大名によって律令制的土地制度が葬られ、太閤検地によって農民の土地所有権が確立するまでも見ていきましょう。
律令制では土地は国家の物であるか、上級貴族(寺社も含む)の荘園であるかのどちらかです。どの土地にも所有権の最終的な保有者がいます。これを「本家(本所)」と言います。その下に何段階か中間管理者がいて(荘園ごとに異なります、これが荘園制のややこしいところ)、農地の耕作権を持つ堪百姓がいます。更に下に小作人がいる場合もあります。
公文、下司は中間管理者です。地頭も中間管理者ですが、任免権が将軍にあります。これらの中間管理者の役割は、国衙や本所に滞りなく年貢を納めることにあります。自分で切り開いた土地であっても、何らかの役職を持たない限り所有権は安定しません。
この上級貴族を頂点とした土地制度は在地の所有権を強化しながらも応仁の乱まで続きました。室町時代も中頃になると本家には雀の涙ほどしか年貢は届かなくなり、ほとんどが守護あたりで取り上げられてしまうのですが、法律上はまだ残っている律令上の権利や義務を口実にして土地を取り上げるようなことは広く行われていました。
逆に言うと、いくら強い武力や財力を持っていても、何らかの律令上の権利なしには土地を広げることは不可能でした。ですので悪党も、何代も前に荘園の管理人だったことを持ち出して土地を広げたり、地頭になろうとするわけです(毛利氏なんかはこのパターン)。新興の商工業者(有徳人)も年貢を京都へ届ける仕事を請け負って実績を上げて、本家から荘官に任命してもらったり、室町幕府の代官に任命してもらったりして勢力を広げていきます。松平氏や織田氏なんかはこのパターンです。
しかしこれも応仁の乱が起きて京都と地方の関係が全く途絶えるといよいよ名目だけで残っていた律令制度も力を失います。そうすると、手近な権力者に土地の所有権を保障してもらうようになります。この手近な権力者が戦国大名です。といっても室町幕府から与えられた軍隊指揮権をそのまま応仁の乱以降も保持して戦国大名化する例が多かったので、戦国大名は室町幕府の守護出身が多いです。今川氏が典型的ですし、大内氏や大友氏もそうです。
ただ永正(1520年頃)ぐらいまでは幕府も律令制的土地制度の維持に努力しています。伊勢新九郎(北条早雲)も東海・関東で室町幕府の権威を回復させるために京都から送られてきました。三河の守護(吉良氏)の家督争いに、幕府の命を受けて北陸の守護代が介入といった動きもあったりします。戦国時代も後半になるとすぐ隣の国だけとしか直接的な関係はなくなってしまうのですが、むしろ戦国時代以前の方が遠い国との関係は強かったのです。
いよいよ室町幕府も頼りにならないとなると、戦国大名は自らの軍事力だけを根拠にして命令を出し始めます。律令制的な土地所有権は全てご破算にして、土地を実際に管理している土豪の所有権を保障する替わりに、軍事奉仕を求めるようになります。そこにはもはや国衙や本所の介入する余地はありません。
応仁の乱と戦国時代の混乱を経て、日本の庶民は初めて土地の所有権を手にしました。
この所有権は戦国大名への奉仕を怠らない限り剥奪されることはありません。しかし戦国大名でも土豪の土地を奪うことは実際には困難でした。少しでも権利を侵害すると土豪はすぐに別の大名に寝返ってしまいます。
専制的といわれる織田信長でも、手を入れることができたのは直属の武将の管理地だけです。織田政権では織田信長ー織田家の武将ー土豪という支配関係があり、土豪は基本的にその土地から離れることはありません。織田家の武将は信長の命令によって、プロジェクト(毛利攻めとか武田攻めとか)ごとに任地を異動させられます。これは太閤検地による兵農分離につながります。
有名な太閤検地はさらにその戦国大名が持つ土地の所有権への介入権すら剥奪して、農民の土地所有権を強化します。400年前に豊臣秀吉という庶民出身の人物が最高権力者になって、庶民の土地所有権を確立したのです。これは世界的に稀有な出来事ではないでしょうか。
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