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2010年8月14日 (土)

日本の所有権の発達について(二)・・・「名」とは

 本来の均田制は収税単位は個人で、個人に土地が配分されて、その個人が年貢を払います。ですが、個人の力量を無視した一律の税率では実態にそぐわないために裕福になる人と困窮する人が生じてくる上に、災害や疫病などで農村が荒廃してくると、決まり通りに土地を配分することが不可能になり、担税能力を持つ生産力がある農民が、複数の土地の経営を請け負って税金を納めるようになります。

 それでも官庁の帳簿上は「個人」が生きていて、担税能力を持つ農民が帳簿上の個人を複数兼ねて徴税を請け負うようになります。この帳簿上の個人を「名」といいます。

 「名」というのは元々は古代の均田制の徴税単位で、これがやがて土地の耕作権となっていくのです。

 律令国家は戸籍を作って人間の数を把握して土地を配分して農業生産をさせて収税をするのが本来の姿ですが、唐や新羅の脅威が薄れて徴兵をする必要がなくなると、人口を把握する必要性も薄れて、朝廷の興味は税の徴収だけになってきます。これに先に言ったような富の分化が加わって、朝廷は帳簿上の個人である「名」から収税し、土地の分配には携わらなくなってくるのです。

 名の所有者を堪百姓や本百姓と呼びます。堪百姓=実際の土地耕作者の場合もありますし、規模が大きくなってくると堪百姓自身は耕作はせずに、更に小作人に土地を貸し与えて土地の経営に専念する場合もあります。

 堪百姓は納税を続けている限りにおいて土地の耕作権が認められます。税を納めた残りはもちろん自分のものになります。

 また、自力で開発した土地の名は自分のものになります。けれども原則的には農地を持っていれば、それが公田であろうが私田であろうが納税義務があります。受領や郡司等の下級官吏は、この徴税権をてこにして堪百姓の落ち度を探して土地を取り上げて、自分の家来に分配したり、もっと高い年貢を納めると約束する百姓に与えたりします。これに対して堪百姓側も上級官庁に訴えたり、賄賂を送ったり、災害のせいにしたりして自分の名を守ろうとします。場合によっては平将門の乱のような反乱に発展することもあります。

 土地を守る方法の一つとして、有力貴族や寺社に土地の所有者になってもらうという手があります。上級官吏には給与として土地を私有することが認められており、上級貴族の所有地には下級官吏は手を出せません。これが荘園です。

 ただし、貴族が持てる土地の広さには制限がありますし、そもそも堪百姓が持っているのは耕作権だけに過ぎず、土地の所有権を国府から上級貴族に移すことは法的に不可能です。ですので、伽藍建設のような国家的大事業にかこつけて建設費用請負の格好で寺社の荘園になったり、反乱鎮圧にかこつけて武家の棟梁に朝廷から与えられる恩賞の土地という格好で武門の荘園になったりするわけです。名を持つ地方領主が国府や都にわざわざ手弁当で出かけて奉仕したり、子弟を山門に送って修行をさせて権門との渡りをつけて保護してもらおうとするわけです。

 こうしてみると、堪百姓にとっても大建設事業や反乱があれば土地を荘園に変更できる可能性が高まる訳で、院政期には寺社建設や小反乱が続発するのですが、これは堪百姓側の八百長的な意味合いもあったのではないかと私は考えています。

 また王族や藤原氏の支流の下級貴族は、あるときは下級官吏となって堪百姓を責めたり、またある時は荘園の管理人になったり堪百姓の入り婿になったりして本家である上級貴族と堪百姓の間を取り持ったりするわけです。また山伏なども法律知識や経理能力を買われて、荘園の管理人として地方に進出し始めます。

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コメント

>土地を守る方法の一つとして、有力貴族や寺社に土地の所有者になってもらうという手があります。上級官吏には給与として土地を私有することが認められており、上級貴族の所有地には下級官吏は手を出せません。これが荘園です。

 現代に残る寺社町、城下町の形成や現代の宗教法人に対する租税の軽減措置の考え方にもその残滓が残っているということでしょうか?

>「名」というのは元々は古代の均田制の徴税単位で、これがやがて土地の耕作権となっていくのです。

「命を惜しむな、名を惜しめ」というのも違った意味で捉えなくてはなりませんね。
 戦中の戦陣訓への影響はあったのでしょうが、本来の意味が変質したということでしょうね。
 近代の日本の財産権の強固ともいえるほどの私権の保護に反対な権利意識をもつ人々にすれば「名を惜しむ」=「所有(私権)権の永続的国家保障」と捉えているのではないかと考えてしまいますね。

 欧米の場合どうしても、キリスト教(一神教)によって、全ては「神のもの」が大前提となり、神から支配権と使用権を付与されていることになりますから、個人が所有権を有するとの意識は希薄なのかもしれません。 

 保守系左派さんおはようございます。

 耕作権である「名」を確保するために、納税の義務を律儀に守ることと主君への忠誠を守ること、共同体への奉仕を怠らないことが求められたわけです。

 そうしないとすぐに国府の下級官吏とか、相続から外された親戚とかが出てきて土地を横取りしようとするからです。

 日本人の道徳観というのはこのようにしっかりと実益とそれを守るための社会奉仕に裏打ちされた物だったんですね。

 この点は中世の欧州と同じです。そこのところ、日本の所有権は未熟といいたがるマルクス経済学者の主張はよくわかりません。

 後で書きますが日本の私有権は太閤検地によって確立しますが、国家権力によって私有権の確立が達成されたことが気に入らないのかもしれません。織豊政権や徳川家康によって行われた改革は、同時期の市民革命に負けず劣らずラディカルなんですが。

 明治から昭和にかけてが特殊な時代になってしまったのは、日本の伝統故にではなくて、あの時代がキリスト教の影響をものすごく受けた時代だったからだと思います。そういや日本が外征をした戦国時代末期もキリスト教の影響が強い時代でした。飛鳥時代も帰化人の影響が強かった。外来思想は排除しませんが、外来思想の影響が強くなると、本土と外国の区別が曖昧になって、外に攻め込んでも良さそうな気になってくるのでしょう。

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