2022年5月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 再掲 タローの福音書 | トップページ | 日本の所有権の発達について(三)・・・母系と父系のハーモニー・上 »

2010年8月17日 (火)

二流の楽しみ

 どこかの市長が有名神社の祭典に参列したことを市民活動家が政教分離違反と訴えた、それに対して裁判所が「一般的な儀礼の範囲内だから憲法違反ではない」と判決を出した。それに対して神社新報が「やれやれ」と喜んでいる。

 カトリック教会は、日本の信者が靖國神社を始めとする神社に参列することを「付き合いの範囲内」だと言って認めているらしい。このことを日本のカトリックも神社関係者も喜んでいる。

 宗教家が「お前らのやっていることは宗教じゃないよ」と言われて喜んでいる。要は日本の神道は裁判所やバチカンからバカにされているのである。

 神道は宗教である。例えば米国の大統領は日曜礼拝に参列したり、聖書に手をかけて宣誓したりしているが、これは儀礼の範囲内だからやっているのではなくて、宗教的な意味があるのだからやっているのだ。

 日本の知識人や裁判所の「政教分離」のとらえ方は間違っていると思うが、行政府の関係者が宗教的活動を全くやってはいけないというのならば上等であり、神社側は喜んで裁判所が「市長は参列するのは違憲」という判決を受け取ればよい。それを神社は宗教じゃないから市長は参列してもよいと言われて喜ぶのは自分の存在意義を否定するような物だ。

 また、神道は多神教なのでカトリックだろうがプロテスタントだろうがムスリムだろうがウェルカムであるが、一神教の信者が神社に嬉々としてお参りをするのはおかしい。どこかの狂信者のように神像に発破をかけて爆破する方が一神教の信者としては正しい在り方だと思う。儀礼の範囲だなんだと積極的に認めているカトリック教会も堕落していると思う。

 なにはともあれ、神社界は「神道は日本の生活習慣の一部で宗教ではないのだから・・・」という論法を使うのはもう止めにするべきだと思う。神道は宗教であるのだから、それを今の日本の法律が宗教故に駄目だというのならそれを受け入れるべきであり(そして法律の改正も求めるべき)、宗教であるとして無関心な一般日本人に布教するべきだと思う。

« 再掲 タローの福音書 | トップページ | 日本の所有権の発達について(三)・・・母系と父系のハーモニー・上 »

コメント

 所有権の結びつきでも述べられている通り、神社と権利と保護とは結びついていたわけで、神道は立派に宗教であると誇示することになんら後ろ向きになる必要はないと思います。日本人のソーシャル性の高さは、日本的共同体主義とも言える部分に「神道」が関与していたと思う部分があります。
 ですから個人的には、キリスト教的価値観のNPOやボランティア礼賛が嫌いです。
 極めて一神教の押し付けで、行政をはじめ最近はやたらに持ち上げますが、あれこそ「政教分離」「思想信条の自由」を侵害しているのではないかと疑っています。
 神道が多神教でありながら、「天壌無窮の神勅」にみられる一神教的な面を持つことに批判的な方は気に入らないのだと思います。
 

 どう考えたって江戸時代の日本や清朝の支那の方がロマノフ朝時代のロシアよりも社会が進んでいます。

 でもそれじゃコミンテルンにとっては示しが付かないので、彼等は日本や清朝のことを遅れた社会とこじつけて、それを日本の一部の学者や左翼は後生大事にご託宣として守っているのです。

 NPOとか慈善活動とかナショナルトラストは税金逃れの隠れ蓑でしょう。安倍政権があれほどひどい扱いを受けたのは、安倍さんがこのような非営利団体の特権強化を期待され定例のスピードで総理になったのに、政権を取った瞬間逆に非営利団体の監督強化を実施したからです(打ち出しただけじゃありません、実際に法で強化しました)。

 非営利団体を使って税金逃れをしようとしていた人にはひどい裏切りに映ったでしょうね(笑)

 前にも言いましたが、安倍政権やその後の自民党政権があのようにひどい扱いを受けたのは、これら非営利団体や宗教団体を私物化している人たちによる私刑なんですよ。

 靖國神社がそうだとは言いませんが、安倍さんと麻生さんが総理大臣になってから急に靖國神社から距離を措いたのはこういった宗教からの口車を排除したかったからだと私は推測しています。

 靖國のために日本があるのではない、日本のために靖国があるなり

 非営利団体の権限強化は小泉政権時代に素案作りが進められていましたので、まあ小泉さんに「悪い」ところがあったとすれば、宗教やNPOの悪用に手を貸しかけていたところでしょうかね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 二流の楽しみ:

« 再掲 タローの福音書 | トップページ | 日本の所有権の発達について(三)・・・母系と父系のハーモニー・上 »