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2010年8月13日 (金)

日本の所有権の発達について(一)・・・所有権がない世界

 大げさなタイトルですが、着想を整理するための備忘録です。

 十年位前から中世日本史のキーである「荘園制」のことを知りたくていろいろと本を読んだり、各地の資料館を訪れた際にもその時代について注意して調べたりしています。けれども荘園制と言うのは、律令制度とか明治になってからの近代化のように,何らかの理念があってそこから体系的に作り出された制度ではなく、手直しや現状追認の集積みたいなものですので、これといった教科書もなく、ここの事例を各自が学んでいって全体像を把握するしかないらしいというのがわかったのが数年前でした。

 もともと日本人の慣習にそぐわない律令制が崩壊する過程でできた制度というか土地所有権の慣習の集積ですので、あやふやできれいにまとめることが難しいですが、それだけに日本人の所有権に対する考え方を知るための格好の素材といえます。

 荘園制を理解するためにはやはり均田制についての理解が不可欠でしょう。均田制というのは魏晋南北朝時代に支那で生み出された制度で、土地の私有を認めず、全ての土地は国家の所有物で、農民は国家から土地の配分を受けて年貢の納入を請け負います。五胡十六国時代に遊牧民族の侵入で荒廃した中原を再開発するために国家による強力な指導が必要だったためにできたのではないかとも言われています。

 均田制では土地の私有はありませんので、死んだら土地は収用されて別の人物に配分されます。それどころか、原則的には土地の収受(配分)は毎年行われることになっていますので、原理上は毎年違う土地を耕作させられるということもありえます。しかしこのような各人の努力を無視したような制度が長続きするはずもなく、本家の支那でもまねをした日本でも土地の私有(厳密に言うと縁者への私的な相続)を認める方向に制度は変更されてきました。

 しかし、私も理解するのにかなり時間がかかったのですが、墾田永年私財法で認められたような「土地の所有権」というのは現代人が言うところの「所有権」とはかなり違うのです。

 どういうことかといいますと、現代人が言うところの「所有権」は墾田永年私財法が制定された後もなかったのです。基本的に律令制度下における土地の所有というのは、国家に年貢を遅滞なく収めている限りにおいて認められる限定的な権利なのです。ですから、例え自力で開発した田畑であっても、課せられた年貢の納入が滞れば土地を剥奪されるのです。ここを理解するのに時間がかかりました。

 現代の租税というのは、生産設備の私有は絶対的な権利で、これを全く稼動させないで寝かせておいても設備を国家から取り上げられることはありません。稼動させて収益が生み出されたときだけ、国はその一部を税金として徴収できます。けれども律令制の世界においては、土地を遊ばせておくというのはありえないことで、土地を持っている以上は一定の税金を納めることが義務となるのです。つまり外形標準課税なのです。

 律令制の世界では現代人が言うところの「所有権」が認められるのは上級官吏(公務員)だけです。公務員には給与として土地が提供されます。この場合、官吏が持っているのは土地から税金を徴収する権利だけであって、納税の義務はありません。

 また受領(国司)のような下級官吏は徴税請負人ですので、彼らにも土地の所有権はありません。

 国家への貢献度に応じて、生産設備の使用権が認められるのが律令制の世界です。年貢納入を怠れば先祖代々根付いた土地であっても取り上げられることがあります。これはちょうど今の支那の所有権に近いものがあります。支那では建前上は農業も工業も全て国家の指導によって行われ、皆が皆どれだけ国家に貢献しているかを競っていますが、あれは古代の日本と同じで、生産設備の所有権がないからです。貢献度が低いと判定されれば、土地や工場を取り上げられても文句が言えないのです。

 収益が生み出されて初めて納税の義務が生じる、われわれが生きている世界とは違うのですね。

 だから、古代の日本では墾田永年私財法で耕作権と相続権が認められた土地であっても、「納税を怠っている」とみなされれば取り上げられてしまいます。ですので下級官吏は農民の落ち度を探して、土地を取り上げようと虎視眈々と狙うということになります。下級官吏以外の土地の拡大を狙う農民とか、相続から外された人とかも、本百姓(土地の耕作権と相続権と納税義務を持つ農民)の落ち度を探して官庁へ訴えて土地を取り上げようと狙います。現在耕作している本百姓よりも好条件を官庁に約束すれば、土地を奪うことが可能です。

 このように綻びた社会主義体制である荘園制は訴訟社会となる根を孕んでいます。訴訟で富を奪い合い、納税は請負が基本で、納税した後の剰余価値は丸々自分のものになる、これは現在の米国に近いような気もします。中世の日本も欧州も大変な訴訟社会だったのですが、米国の訴訟濫発も彼らの先進性というよりはむしろ所有権の未熟さを表しているのではないでしょうか?

 もちろん自然災害による損耗は認められますので、農民は絶えず災害によって損耗があったとして納税を避けようとします。律令制というのは国家の経済規模が拡大することを想定して作られていません。こういう制度の下では、政府が把握しない経済が活発になり、政府が把握している経済ではサボタージュが横行します。十世紀以降政府の徴税力はドンドン低下するのですが、これは必然だったと思います。

 また、「喪われた十年」の日本におけるGDP成長の停滞と国家の徴税力低下は、この律令制同様に、政府の経済把握が基本的に1990年までに留まっていて、それ以降に広がった経済について日本政府が把握できず、把握している経済ではサボタージュ(あえて赤字の状態にして納税を忌避)が充満しているからではないかと私は思っているのですが、これについては次回に「名」という荘園制を理解するための要の概念を説明する過程で論じようと思います。

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コメント

http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/china001.htm


[ たとえば、経済史家の本野英一によれば、中国社会にあっては伝統的に動産や不動産それ自体は必ずしも「財産」と認識されておらず、したがってわれわれが通常「私的所有権」という言葉で理解しているような、それらの財産に対する包括的かつ排他的な権利も認められてこなかった。むしろ、中国において「財産権」とみなされていたのは、その土地を利用した農作物や商工業の経営のように、何らかの収益が取得可能な経済活動の独占権であったという(本野、2003)。

 改革・開放後の中国の土地制度の変化も、実はこの伝統的な制度の復活の過程としてとらえることができよう。たとえば、人民公社の解体後広く採用された生産請負制度は、農村の土地が「集団所有」である、という社会主義経済の前提を残しつつ、個々の農民にその「請負権」を付与しようというものであった。重要なのは、これは土地に対する欧米的な意味での「使用権」とは異なる概念だということである。農地の請負権は、最近まで政府の許可なく譲渡・売買することができなかったし、また農業以外の目的に用いることもできなかった。まさに農業経営を請け負う権利だけが、個々の農家には認められていたのである。すでにみたように、このような範囲を限定された権利のみが資産に対して認められるという現象は、むしろ中国社会の伝統の中に求められる。その意味で、中国政府がいまだ土地に対して個人や法人の所有権を認めていないという問題を、社会主義計画経済から市場経済への「移行」がまだ終わっていないから、という文脈で理解することは、必ずしも正しくないといえるだろう。

 本野はまた、このような経済活動の独占権は伝統的に政治権力、それも、必ずしも中央集権的なものではない、地方の有力者のような分散化された権力と結びつくことによって支えられてきたことを指摘している。近年、土地使用権の売却益により地方政府が巨額の収益をあげ、同時にそれが不動産バブルの温床になっていることを思えば、これも現代につながる問題だといえよう。]
あたりを連想いたしました。

 支那や古代・中世の日本人の農地所有権に対する考え方は、それはそれで一つのやり方であって、現代と比べて進んでいるとか遅れているとか評価するような物ではないのだと思います。

しかしまた支那は歴史上
 均田制→貴族や豪族による荘園制→富農による大土地所有と小作(佃戸制)→王朝交代期の大混乱→均田制
 という循環を何度か繰り返しています。共産党による国家共有財産である土地の勝手な売買は、現代支那が均田制から荘園制への移行過程に入ったことを意味しているのかもしれません。

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