日本の所有権の発達(十一)・・・所得税と法人税の正体
先に見たように天保期には幕府も年貢収入は歳入の4割程度でしかなくなっています。萩藩や薩摩藩なども似たような状態になっています。残りは大名 貸し、運上金(間接税)、貨幣改鋳益などの商工業者からの収入になっていました。つまり幕末の日本は財政基盤を農業から商工業へ移した政体に移行せざるを 得ない状況にあったのです。商工業者に参政権を与えない限り、これ以上の税収増は見込めなかったわけです。
明治政府はこの幕府の税収構造を継承しています。明治政府の主要な財源は地租(年貢)と間接税(売上税、酒税、関税など)と起債(借金)です。明 治維新とその後の民権運動を支え、あるいは官僚として明治政府を動かした人たちは豪農と豪商でした。明治政府は御恩と奉公の関係を商人にも広げたと言えま す。
課税強化のテコに使われたのは戦争でした。国防のために必要と言うことで日清戦争と日露戦争の時に税額が急拡大しています。
でも明治政府はまだ、商業活動の利益や賃金労働者の所得から税金を得るには至っていないのです。実は所得税・法人税というのは銀行制度の整備なし には成立しない税金なのです。日本人の個人財産に対する所有権は、歴史的に非常に強固ですので、明治政府や昭和前期の軍部ですらそれに手を出すことはでき ませんでした。日本における所得税と法人税は、欧米のように国民が自分の財産を国のために提供する税金ではなかったのです。
日本の所得税とは即ち銀行預金にかかる売上税であり、法人税とは即ち銀行貸出にかかる売上税なのです。
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