日本の所有権の発達(十)・・・借金に頼る大名・デフレと闘う大名
陰暦 八月朔日 【白露】【八朔】
第二の収入が運上益で、これは酒や油などのように生産量と販売量が把握しやすい商品や、櫨蝋や黒砂糖のような特産品を販売許可制にして商人から税を取り立てるやり方です。幕府の場合長崎貿易の収入も入ります。
これは商業の利益にかけられた税金と言うよりは、製造業にかけられた間接税といった方が実態に合っています。酒税や自動車登録税のような物です。萩藩や島津藩は特産品の生産拡大によって財政再建をします。
幕藩体制というのは非常に示唆に富んでいる世界でして、同時期の欧州のように植民地開拓もできない、産業革命のような飛躍的技術革新もない、消費と公共投資にしか伸びシロがない世界です。
そのような世界で、武士が贅沢消費やお手伝い普請を止めてしまうと、途端に経済が縮小均衡してしまいます。これは何度かこのブログでも説明しました。
「一目で見る江戸時代」の銭相場を見ると1730年代に5年間で物価がー40%の超デフレになっていますが、これは享保の改革で幕府が倹約をし、さらに小判の金含有量を高めたからです。
1780年代の天明の大飢饉で物価が激しく上下した後、1790年代に低位安定していますが、これも寛政の改革によってデフレ政策がとられたからです。
1830年代後半に1年でー10%の物価下落が記録されていますが、これは天保の改革でデフレ政策がとられたからです。
数年間の倹約・貨幣改良によって経済が停滞した後に、数十年間の贅沢による経済の安定(拡大ではないところに注意)時代という繰り返しになっています。
藩政改革の時に守旧派(この場合積極財政派であることが多い)が改革派藩主に頑強に抵抗し、場合によっては守旧派が処刑されてしまうことも少なくないのですが、体面を守りたいという手前勝手な理由だけで彼等は抵抗したのでしょうか?
これだけ何度もデフレとインフレの繰り返しを見ていれば、江戸時代の人だって幕府や大名が積極的に支出をしてくれないと経済が縮小してしまうことに気がついたはずです。時代小説では積極財政派は、商人と結託する悪代官として描かれることが多いのですが、彼等は経済の仕組みに気がついていたのでしょう。
商業活動の活発化によって、資本は商人の手元に蓄積されている。しかし、植民地や工場などに投資ができない。政府には商人との間に封建的関係がないので、所得を捕捉する思想的根拠も技術もない。しかし、商人が蓄積する資本を誰かが使わないと経済が縮小均衡してしまう。
となると、政府としては借金をして資本を活用するしかないわけです。
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