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2010年10月31日 (日)

天智王家に婿入りした天武天皇

 私は状況証拠からいって藤原不比等は天智天皇の落とし胤だったと思っているのですが、だとすると天武王家の系図はすごいことになるんですね。

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継体天皇と伽耶諸国とか

 伽耶(任那)に関する本を読んでいるんですが、ここ数年韓国では発掘が進んで色々と興味深いことが分かりつつあるらしいですね。

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知事選に候補者を擁立しない与党って一体・・・

九月二十四日

 民主党は沖縄だけでなく宮崎でも知事選の候補者を擁立しないらしい。いくら国会議員が四百人いても知事選で不戦敗を続ける与党はどんどん魅力も戦闘力も失って、内部が空洞化してしまうのではないでしょうか。

 民主党が政権を取ってからぜんぜん法律が通らなくなって、民主党を支持してきた団体も呆れている頃だと思うのですが、呆れるのを通り越してい見捨てられつつあり、候補者の擁立ができないのかもしれませんね。

 そりゃ自分のパフォーマンスにしか興味がない大臣に法律の知識も何もなくて役に立たない陣笠議員では政権につけた意味がありません。それならば能力が高い人だけが生き残った自民党を通して要求を実現する方が効果があると各種団体が考えるようになってもおかしくはないでしょう。

 官僚が何もかもやっていて国会議員は意味がないとか、数さえそろえばいいとかよく言われますが、そんなことはないと最近思うようになりました。官僚攻撃は国会議員の怠慢を隠すための天狗の隠れ蓑なのでしょう。やっぱり国会議員が審議をしないと法律はできないし、無能な議員ではそもそも法案を作れないので数で押し通すところまで行けないんですよね。

 参議院の運営が厳しくなったのは事実でしょうが、まだ自民党や公明党はそんなに妨害工作をしているようには見えないんですよね。ただ単に民主党に当事者能力がなくてルーチンワークすらこなせなくて話が進まないだけのように私には見えます。

 最近新聞が急速に民主党に冷たくなってきましたが、この何も進まない状況に圧力団体が業を煮やし、総選挙を行わせることで一致したんじゃないかなとも思うのです。

2010年10月23日 (土)

ちょっとは感謝しろよ

 日本のおかげで堂々と反政府行動ができると言うことを支那の若者たちは忘れないように。

民主主義のパラドックス

九月十六日 【霜降】【望】

 テレビのデジタル化、一度も選挙の争点にならなかったのに気がついた時には実施されていました。青森新幹線と九州新幹線、いつの間にか完成していました。

 政治家が一度も「やる」と言っていないことが実現して、「やる」と言ったことは実現しません。なぜでしょうか。

 国会には与党と野党がいます。与党と野党が両方合意していることは選挙の争点になりません。だから国民が知らないうちに実現します。逆に政党が「やる」と公言していることは、反対派がいるので多数派を形成する必要がある案件です。ですので実現しません。

 結局選挙以外で政党とコンタクトができて、与党と野党との間で合意形成ができる圧力団体の意見が通り、選挙で持ち上がる国民の意見は通らないのです。

2010年10月19日 (火)

日付捏造

九月十二日

 仕事が忙しくて、しばらくゲームから離れていたら、ラブプラスというギャルゲーの楽しみにしていたイベントを忘れてしまいました。そこでイベントを復活させようとDSの日付を戻したら女の子の機嫌が無茶苦茶悪くなって誕生日イベントどころではなくなってしまいました。

 やっぱりズルはいけませんね(笑)

2010年10月14日 (木)

雇用の流動性・・・

九月七日 【鉄道の日】

 今さらながら根本的なことに気がついたのですが、「雇用の流動性を高める」の本来の意味は「ある会社の正社員から別の会社の正社員になりやすくする」ことであって、「首切りをしやすくすることと非正規社員を増やすこと」ではないはずですよね。

 日本では雇用の流動性すなわち「人員整理をやりやすくして、非正規社員を拡大すること」と捉えられがちですが、これって意図的なミスリードなんじゃないですかね。

2010年10月11日 (月)

青森へ行ってきました

九月四日

 土日と鉄道乗り潰しのために青森の方へ行ってきました。

 朝早く起きて山形ー新庄を乗り潰すためにつばさ号に乗って新庄へ。新しいつばさ号は座席がゆったりしていて快適です。このシートは二十年前のグリーン席並みだと思います。

 次に酒田へ向かい、列車待ちで一時間半ほど余ったので本間美術館へ寄りました。本間美術館は、庄内の大地主本間家の別荘と本間家所蔵の美術品を展示しています。昭和天皇も宿泊されたという別荘の豪華さはすごかったです。別にヴェルサイユ宮殿みたいな飾りがあるわけではないのですが、総正目の柱とか、厚さ5cmの一枚板とか、目眩がするような材料を惜しげもなく使っていました。

 美術館では、中国美術展をやっていました。インパクトがあったのはこの象尊(象型の青銅器)です。

Zouson

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2010年10月 6日 (水)

褒められた話でもない

十月二十九日

 偽装障害者団体による郵便不正事件、検察による証拠の偽装という犯罪が暴かれ、村木女史は無罪放免となりとりあえず?首相の補佐に回ったそうですが、だからといってあの部署で何も不正が行われなかったという話にはならないと思います。

 偽装障害者団体が承認されたのは事実なのですから、村木女史の上司か部下が真犯人なのでしょう。上村被告は無罪を訴えているそうですし、上司が何も知らないと言うことはあり得ないので、どこかに天下りしたらしい当時の上司が犯人なのでしょう。だから検察官の方も犯人隠匿で逮捕されたのでしょう。

 村木女史が検察の違法な取り調べに屈しなかったのは真相を知っていたからだと思います。真相を知っていたからこそ、検察の間違った見立てを承認できなかったのでしょう。見て見ぬふりをしていた村木女史もやはりグルなのです。

 つまり検察は一番えらい人の犯罪の罪を部下に押しつけようとしたわけです。そのえらい人は政治家とつながっているのでしょう。これまでも役人の汚職捜査では同じことが行われてきたのでしょう。政治家と関連がある本当の責任者は逃げて、部下に責任が押しつけられる。検察はそれに手を貸して政治家を逃がす。

 けれども、天下りも難しくなり、官僚の上下関係も緩くなってきて、そのような責任の押しつけを部下が承認しなくなってきているのだと思います。村木女史が屈しなかったのも検察の違法取り調べがリークされたのもそのせいでしょう。その点は良いことなのではないかと思います。

2010年10月 3日 (日)

天皇陛下の赤子

 国粋主義的な話じゃありません、人口論的な話です。

 神話の通りなら日本人は全員天皇の子孫と言うことになります。さすがに全員というのはあり得ないでしょうが、大多数がそうなるというのはまんざら嘘ではないかもしれません。

 どういう事かと言いますと、昔は結婚して子供を作り成人まで育てられる財力を持った人がそもそも少なかったわけです。しかもそういう富裕な人は複数の妻を持ちます。まだ、同時期にも複数の妻を持ちますし、出産は危険でしたので、その後添いとして新しい女性を娶ることも多くなります。

 そうなると富裕な家柄の人は一人で4,5人女性を独占することになります。男女比は今も昔も1:1で変わりません。世の中の10%くらいがそのような妻を複数もてる富裕な家柄だとすると、女性の半数はその富裕な家柄の人にとられてしまうことになります。残りの男性は一夫一婦制だとしても、出産が危険で男性一人で一生に1.5人くらい妻を持つのが普通だとすると妻をもてる普通の男性は20%くらい、お金持ちと普通の男性会わせて男性の30%くらいしか子孫を残せないことになります。

 そうすると男性の方は長い時間の間にはほとんどが富裕者の子孫になってしまうのです。

 まあ、妻を4人も5人も持てる人が人口の10%もいるという想定が極端なんでしょう。そんなお金持ちは1%もいなかったかもしれません。それと貧乏人の子沢山を考慮に入れる必要があります。また、平安時代に入って宮廷生活が現実から遊離し始めると、都に住む貴族ほど栄養に偏りがあるようになり、危険な化粧や薬を常用するようになってかえって乳児死亡率が高くなる現象も見られますので(乳母の乳を通して子供が鉛とか水銀を摂取してしまう)、そう簡単にはいかないでしょう。

 でも、出産が危険で、一夫一婦制の中で暮らす普通の人でも一生のうちには複数の妻を持つのが普通だったというのは盲点でして、そうすると男女比は1対1なので男の半分は子孫を残せなかったことになるんですよね。

 百年五世代、二千年で100世代、1%が5%の子供を作り、そのうち生き残るのが3分の1だけだったとしても次の世代の成人の1.6%は貴族1%の子孫。0.6%は下に落ちますので親と同数の子孫しか残せないとしても、100世代重ねると0.6*100=60%で過半数が貴族の子孫になります。だから日本人の多くが天皇の子孫というのはまんざら嘘ではないのです。

 外国の場合、その子孫を多く残せる王様や貴族が戦乱で頻繁に入れ替わり、時には上に立つ民族自体が入れ替わることも珍しくはないので、特定の王朝の子孫が民族内部で卓越することはあまりないと思います。

ソ連が福祉で潰れた!?

八月二十五日

 なんか最近の若い人はソ連が潰れたのは至れり尽くせりの福祉で国民を甘やかしたからとかそう思っているらしいという話を聞いた(ブログで読んだだけなのでもしかしたらその人の周辺だけかもしれないけれど)。

 80年代や90年代の報道では、ソ連にはまともな会計帳簿もなく、生産計画も杜撰で同じサイズの靴ばっかり作ったり、流通機構もまともになくて都市の商店では行列ができているのに農村ではジャガイモの山が腐っている、要するに売り物だったはずの計画経済の運営そのもので負けたと聞いていたのだがなんでそんな話になったんだろう。

 そういえばソ連崩壊後の東欧の苦境を説明する時に「共産党時代は福祉が充実していたのに今は自助努力の世界になって苦しい」というのが枕詞のように必ず出る、この影響かもしれない。

 報道する側としては「共産主義にも良い面はあった」と教えたいつもりなのかもしれないけれど、「共産主義は亡国の教え」と頭の中に染み着いた西側の人間の前で旧共産主義国の一部を褒めることは、そうすると国が亡びると言っているに等しいことが分からないのだろうか。

 誰が始めたのか知らないけれど、ソ連と福祉を結びつけるのは福祉国家を葬る良い作戦ですよね。

2010年10月 1日 (金)

からくり

八月二十四日

 前にも書いたような気がしますが、鄧小平ー胡錦涛ー温家宝政権の最大の協力者は自民党なんですね。そこで鄧小平が平成九年(1997)に死去し、名実共に支那の最高権力者となった上海閥の江沢民は平成十年(1998)の宮中晩餐会におおいて無礼な振る舞いに及び、日本と支那を敵対化させることで、中共内部にいた鄧小平派を立ち枯れさせようとしたわけです。

 そしてその時の政権は経世会の流れを汲んだ自自連立でした。

 こうして自民党と上海閥の暗闘が延々と続き、それは小泉総理の靖国騒動でピークに達し、結局、胡錦涛ー温家宝の政権完全掌握と江沢民の棚上げによって上海閥の敗北で一段落がつきます。

 しかし去年の選挙で自民党が敗北し、経世会からの付き合いで上海閥とつながりがある(らしい)小沢の政権掌握によってにわかに上海派が活気づきます。それで上海閥のプリンスである習近平が訪日した時に小沢は宮中にごり押しをしてまで陛下と習近平の会談をセッティングしようとしたのです。あれは上海閥にとっては平成十年の宮中晩餐会の再現なんです。

 しかしこのごり押しのせいで習近平の外交デビューは世界の笑い物になって終わるわけです。しかもその後、小沢が失脚してしまい、焦った上海閥が起こした事件が今回の尖閣事変だろうと思います。

 上海閥と書きましたが、まあ上海だけではなく、中共内部の反主流派全員の共謀でしょう。

 ですので、胡錦涛の後見人である自民党としてはどうしても今回の菅政権の対応を追及しかねる面があるのです。あんまり菅政権を追いつめると、胡錦涛を追いつめて、上海閥の復権を早めてしまうからです。だから谷垣さんは歯切れが悪いんですね。福田元総理もそうですね、福田さんは胡錦涛ー温家宝を助けるためにこの十年間というものかなり動いたんだろうと思います。憶測ですが。

 逆に胡錦涛の肩を持った菅政権に対して、上海閥とつながりがある小沢の子分が、菅政権と胡錦涛を追いつめるために「主権の侵害だ」と勇ましいことを叫んでいるという構図があります。彼等にとっては日支が仲違いすればするほど、胡錦涛が弱り、後ろ盾の菅政権と自民党も弱るわけです。

 米国としても、日本と支那の間に楔を打ち込むことで、日本を米国の側に引き留めることが可能になります。

 それで、日本の政治勢力というのは内政のテーマでは結合せず、外国に対するスタンスで離合集散するという習性がありますので、これから激しく変動するであろう東アジア情勢に対応して、自民党と民主党がそれぞれ真っ二つに割れて、別々にくっつく可能性は多分にあるのではないかと私は思っています。

 面白いことに今回の騒動によって日本の中に「米国と袂を分かち、支那と協力し合う」という政治勢力がなくなってしまいました。「米国と協力し、支那の穏健派を支援する」か「支那との対立を煽ることで自主防衛力を高め、米国からは自立の度合いを強める」の二つの陣営しかなくなりました。ですから自民党ー社会党(その後継者の民主党)の時代よりも外交に関しては、陣営の間にあまり差がなくなりました。米国と袂を分かち、支那の子分になるという選択肢はあり得ないですが、自主防衛力を高めて米国から自立の度合いを強めるという選択肢は実現性があります。

 となると、もしも菅政権が来年の通常国会を乗り切れた場合はおそらく自民党の内部でもそのうち路線対立が生じるのではないかと思います。もしかしたら既にその兆候は始まっているかもしれません。

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