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2010年12月 1日 (水)

山幸彦・海幸彦の話は嫁取り物語の変形

十月二十六日

 二十七から二十九にかけて関西方面へ出掛けてきました。初日は朝早く起きて東京始発ののぞみ号に乗って大阪へ、そこから京橋経由でおおさか東線に乗り王子から和歌山線に。本当は大和路快速に乗るつもりだったのですが、奈良へ行くのに大阪駅では西回りというのが理解できなくて東回りに乗ってしまい、まあそのおかげでまだ乗っていなかった大阪東線に乗ることができました。

 和歌山線は紀ノ川の峡谷の景色が雄大で良かったです。和歌山駅でたま電車を見てから、和歌山市へ行き、そこから南海フェリーに乗って徳島港へ、徳島から特急に乗って岡山まで行って祖母の家に泊まりました。

 二日目は神戸で友人の結婚式に出席。帰りは福知山線と加古川線に乗って帰りました。谷川と西脇で一時間以上待たされて危うくその日のうちに岡山まで帰れなくなるところでした。中国山地の乗り潰しは大変だなと改めて認識。

 三日目は姫路の勇者ロトさんに会いに行きました。歴史系のサイトで知り合った友人で、私が書いている同人誌のマンガの原作者の方です。歴史の話とか、囲碁の話とか、家族の話に花を咲かせました。

 ロトさんはパレ杵屋という軽食屋(お菓子店付き)を経営していまして、昼飯に食べたランチセットのアーモンドトーストとスパゲティ・ナポリタンがとても美味しかったです。モーニングやランチセットにアーモンド入りバターを塗ったトーストが出てくるのは姫路独特なんだそうで、豆の甘味とバターの塩味がとても合っていました。スパゲティ・ナポリタンも私の好物のケチャップがたっぷり入っていて、しかもパレ杵屋特製の作り方をしているんだそうで、今まで食べたナポリタンの中では一番美味しかったです。お世辞じゃありませんよ。ナポリタン好きの人は是非ご賞味を。

姫路市、パレ杵屋へのアクセス

 お話の中では神話のことが印象に残りました。 勇者ロトさんのお友達が提唱している説なのですが、素戔鳴尊、大国主命、神武天皇、継体天皇の物語には共通点が多く、しかもその中に登場する名詞を語幹にまで分解していくと共通の意味を持っている場合が多いのだそうです。元々は同じ物語でそれが各部族に伝わってそれぞれの地方色が加味されて、最終的に時間的に並べられて記紀神話に納められたのではないかという推測でした。

 それに触発されて私も考えたのですが、世界の英雄神話の中には必ずといってよいほど嫁取りの話が入っています。若い英雄が、違う部族の娘に恋をして、結婚を申し込むのだけれど、娘の父親や兄弟に邪魔をされ、その試練を乗り越えてめでたく結ばれるという筋立てです。日本神話では大国主命とスセリ姫が有名です。素戔鳴尊が八岐大蛇を倒して生贄にされそうだった櫛名田比売を手に入れる話もその変形かもしれません。

 そこで気がついたのですが、山幸彦と海幸彦の話も嫁取りの変形かもしれません。皆さんもよくご存知でしょうが、山幸彦と海幸彦の物語のあらすじはこうです。海幸彦(兄)と山幸彦(弟)の兄弟は、普段は海幸彦が魚釣りをし、山幸彦が鳥獣を狩って暮らしていましたが、ある日お互いの仕事を入れ替えることにしました。けれども山幸彦は魚が釣れなかったばかりか兄の釣り針をも失ってしまいます。海幸彦は海の底から釣り針を探してこいという無理難題を山幸彦に命じます。

 山幸彦は自分の剣を潰して千の釣り針を作りますが、兄の海幸彦は許してくれません。山幸彦が途方に暮れていると、潮の神様が竜宮城へ連れて行ってくれて、そこで山幸彦は大山祇神(海の神様)の娘の豊玉姫と仲良しになり彼女の助けで釣り針を手に入れ、豊玉姫からもらった潮満瓊・潮涸瓊で兄の海幸彦もギャフンと言わせて家来にし、豊玉姫と結婚するという話です。

 このお話、もともと大山祇神・豊玉姫・海幸彦が同族で、外からやって来た山幸彦が豊玉姫に結婚を申し込む話と考えるとすんなりと解釈ができるのです。よそ者の貴公子に無理難題をふっかける豊玉姫の兄の海幸彦、試練も火の試練(剣を鍛錬して釣り針に変える)、水の試練(海底に探検して釣り針をとってくる)がそろっています。大国主命の嫁取り物語と一緒です。

 娘や動物の助けを借りて舅や義兄に仕返しをするのも嫁取り物語のパターンにのとっています。この仕返しではたいてい娘からもらった秘密のアイテムが登場するのですが、ちゃんと潮満瓊・潮涸瓊というアイテムがここでも登場します。

 神話で物語の順序が入れ替わることは珍しいことではなく、山幸彦・海幸彦の物語は英雄神話の嫁取り物語の変形ではないかと思います。海幸彦を皇室の古くからの配下の隼人になぞらえ、大山祇神を大和の同盟者である瀬戸内の海人族になぞらえたことによって、大山祇神と海幸彦の間の関係がぼかされたのでしょう。

 この後、山幸彦(彦火火出見尊)は豊玉姫が巨大な鰐(わに:鮫)の姿に変わって出産する姿を見て恐れをなすのですが、これは異族婚の神話のパターンにのとっています。だいたい異族婚の話では、男が人間の場合は女が出産や子育ての時に元の動物の姿に戻るのを見て男が怖じけ付いて逃げ、女が人間の場合は女は初めは結婚を嫌がるのだけれど、男と暮らすうちに女の方もやがて動物に変身して異族に溶け込んでしまうというパターンが世界的に一般的です。女性の適応力の高さを表現しているのでしょう。

 ただし彦火火出見尊の話がやや特殊なのは、豊玉姫が子供(鵜葺草葺不合命)を自分の世界へは連れ帰らず妹の玉依姫をおさんどんとして残している点です。日本の場合、皇室が神話の時代からずっと続いている手前、跡継ぎが実家に連れ帰られてそのまま鰐になってしまっては困ってしまうからでしょう(笑)

 あるいは、昔の出産は命懸けでしたから、出産で母親が命を落としてしまい(海の底に帰る)、替わりに妹が姉の子供を育てると言うことも珍しくなかったのでしょうから、そういった事情を表現しているのかもしれません。

 鵜葺草葺不合命はその育ててくれた玉依姫と結婚するのですが、これまた古代の貴族の間では子供の時に世話をしてくれた娘がそのまま筆降ろしをするというのは珍しくなかったと物の本で読んだことがあります。昔においては王様は子孫を残すことが最優先の課題だったので、王子様がすんなりと性に目覚められるような環境がそろえられていたのだと思います。

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コメント

 古代における婚姻というか、征服による他の貴人の女性を娶る(犯す)行為そのものが、「穢れ」なんでしょうね。
 巫女の髪を束ねることや、櫛をさす行為や口に赤い塗料をのせ強調する行為そのものが、霊威を持ち穢れ無き象徴たる証しを増すのでしょう。
>あるいは、昔の出産は命懸けでしたから、出産で母親が命を落としてしまい(海の底に帰る)、替わりに妹が姉の子供を育てると言うことも珍しくなかったのでしょうから、そういった事情を表現しているのかもしれません。

 貴人においては、このような例は多いです。近衛文麿もたしか、姉が産み妹が後妻で育てたと思います。成人してから随分と気にしていたとありましたね。

投稿: 保守系左派 | 2010年12月 6日 (月) 22時05分

 姫や巫女といった高貴な女性が神聖性を強調するのは、むやみに触れる(犯す)とその一族の守り神から祟りを蒙るぞと警告する意味があるのだろうと思います。

 逆に言うと、異族の神が宿った女性と交わることで、その男は祖神の守りが弱体化し、異族の神に取り込まれたり、悪くすれば死んでしまう可能性もあるということになろうかと思います。

 穢れというと何となく悪い下等なもののような感じを受けますが、日本人の信仰というのは相対的なものですので、別の神と交わることで守り神の力が薄れることを穢れと呼んだのでしょう。

 出産で女性が死ぬことは、古代の人にとっては、その女性が男の一族の神に受け入れられなくて祟りを受けたように見えたのかもしれません。

 古代の日本で、とりわけ貴族が同族婚んをくりかえしていたのは、異族婚により子女が祟りを受けることを恐れてのことかもしれません。

 ですから、数多くの女性と交わり、子供を作ることに成功した上にぴんぴんしている王様なんかは、ものすごい霊力の持ち主として畏敬の対象になったことでしょう。

投稿: べっちゃん | 2010年12月 7日 (火) 00時10分

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