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2010年12月22日 (水)

生産者院と消費者院

十一月十七日 【冬至】

 個人や企業が債務の返済や税(および社会保障負担)の負担に追い立てられて、消費や投資をする余裕がないのは、金を使いたい人や企業に金が回らず、金を使うつもりがない人や企業に金が集まっているのが原因なのだろう。

 従って大々的に富の再分配をしなければ先進国の経済はどんどんとデフレで縮小してしまう。

 ちょうど今の日本は、平安貴族が大した働きもしないのに荘園からの年貢を百姓から吸い上げていたのと同じ状態なんだろう。

 このまま平安貴族が何もしなければ、源頼朝が地頭をおいて土地の所有権に風穴をあけ、足利幕府が半済令で所有権の半分を取り上げ、最終的に太閤検地で直接耕作者に土地を分配したのと同じことが資本でも起こるのではないだろうか。

 うーん、どっかで聞いたことがある話になってきた。

 昔は政体が変化しない政権交代であっても前時代の支配者一族が根絶やしになるような激しい物だったし、ほかにも戦争とか革命とかで富の大規模な再分配が行われていたのだろう。現在のそれにあたるのは公共事業なんだと思う。

 だから、資本家とかその走狗のエコノミストが公共事業を嫌うのは当然なんだろう。

 大航海時代が始まってからこのかた、ストック(および生産設備)よりもフローの方が大きい時代がずっと続いていたわけで、税金もフローにかけるだけで十分だったのですが、今の先進国のようにストックが巨大になって社会にとって負担になってくると、税金を支払った後のストックの使い方は個人(企業)の自由というわけにはいかなくなってくるのかもしれない。

 ここに現代の地頭が設置される可能性があるのではないだろうか。地頭というのは土地という生産設備の管理権を制約する制度だった。今のように資本が死蔵されて、ひたすら人や企業から利子を吸い上げるだけで活用されない状態が続くのなら、国がその資本に手を突っ込んで消費に回すようなことがあっても良いのではないだろうか。

 資本主義の売りは資本の使い方は自由にした方が経済が発展するということにあって、現在のように物神化した資本が経済成長を制約する状態は一般国民に対する資本家の約束違反と言える訳です。

 エコノミストは規制があって資本が自由に使えないから成長が抑制されるのだと言うでしょうが、おそらくそれは違うでしょう。

 まだ頭の中がまとまっていないので書けないでいるのですが、所有権の話の続きは、今の日本に必要なのは実際どこにどれだけ金があり、本当に必要としているのはどういう人であるかを把握することだと思っています。つまり太閤検地です。日本の税制というのは律令の時代から政府が把握して認可した活動からしか金がとれない制度になっていまして、官僚の世界観の範囲の外にある経済活動からは金がとれないようにできています。

 もっというと、今の貨幣という制度自体が、人間が行っている広い意味での経済活動を反映できていない可能性があります。(例えば・・・今の世界では、企業がコスト低減をしたり、同じ値段でサービスを改善したとしてもそれは経済活動の拡大につながらない、むしろ経済の縮小として計上されてしまう)

 しかしこりゃマルクス主義とか国家社会主義に近いな、危ない考え方なのかも。

 だから新しい未来像を作って、それに向かって大々的な工業事業をうつことで富の再分配をするのが一番穏当だと思います。しかし、それさえも実現しないとなると、鎌倉幕府が成立する日が来るのもそう遠くはないと思うのです。

 しかしこう階級闘争が世の中のテーマとなってくると、今のような普通選挙の議会ではなくて、フランスの三部会とか英国の上下院みたいに、職業別に代表者を出して話し合った方が本当に有効な結論が出やすいのかもしれません。今の国会に集まっているのは各人の消費者としての代表でしかないのです。

 衆議院参議院ではなくて、生産者院と消費者院の二院制なんてどうでしょうか?片方は物やサービスを作り、給与を受け取る側で国家を論じ、片方は消費をする側で国家を論じ、議論を戦わせて国論を決める。高齢者院も作って三院制でも良いでしょう。

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コメント

>しかしこりゃマルクス主義とか国家社会主義に近いな、危ない考え方なのかも。

 べっちゃんさん、暗黒面に落ちかかっては困ります(苦笑)

 農地の所有権を制限し、徹底した農業法人、NPO法人への移譲を図るとともに、ワーカーズ・キャピタル(労使ないし労働者が拠出する年金積立金などの資産)の運用についての連合の考え方は、「お金をお金以外ではかる」=排出量取引=環境金融工学=実体経済金融資本を傷付けない別の連動「貨幣」をもって、実態経済(都市と連合組合労働者資本の保全)と仮想経済(地方と中小零細と自営業者の消費するだけの存在等)の完全分離するというのではないでしょうか? 

>職業別に代表者を出して話し合った方が本当に有効な結論が出やすいのかもしれません。

 元々参議院の性質の変更は、貴族院から労働者の代表へ移行して行ったのは、保守側による各種団体の組織化によることで、労働者(自営業含む)の意見の協議の場への変更が、「さよく」側の消費者としての意見を強める手法と経済効率の名の元で自営業者からコンビニチェーンの労働者へ変わることで保守系の衰退と労働者(消費者)団体の支援者が強まっていったことと無関係ではありません。衆議院全体の得票数の動きもそうですが、「労働者」より「消費者」意識が動向を左右するようになりました。 

 金融の肥大化は、GDPに占める内需の低さ、弱さに起因するのではないでしょうか? 日本国内の資機材製造と製品の循環が良く廻っていると考えられます。
 米国や英国の場合、国内調達より海外調達の割合が高いのではありませんか?そのために中小製造業が育たなかったと考えます。
 霞が関をはじめとした公共工事、事務機器、事務用品、備品、印刷物等を国内の中小メーカーに優先して発注していました。所謂、随意契約です。
 盛んにいま公的セクターの事務経費を「不正経理」として問題にしているのも、内需削減とデフレ促進と無関係ではないと思います。

暗黒面ね(笑)

でも調べれば調べるほど、日本に生じているデフレギャップは深刻だと思うようになりました。これは容易なことでは解消しないと思います。

公共事業をちょっと多めにするとか、中小企業を優遇するとか、その程度じゃ無理なんじゃないでしょうか。

かといって年金受給者が増えて積立金を取り崩すようになるまで待つというのも芸がないですしね。

デフレの最大の原因は退職年齢の延長ですよね、いやマジで。供給が過剰なんだから、中高年をさっさと退職させて純粋な消費者にすれば良いだけの話なんですよ。なのに日本だけではなく欧米までの退職年齢を引き上げて大バカです。

それともどこの国にも年金積立金は実は本当はなかったりするんでしょうかね(笑)

どこの国でも年金が最大のバブルとデフレの原因なんですが・・・

べっちゃんさん おはようございます。

>それともどこの国にも年金積立金は実は本当はなかったりするんでしょうかね(笑)

 この部分は、欧米に関しては「企業年金」は無くなっている可能性が高いし、日本の企業年金のダメージもかなりあった可能性が高いですね。連合の提言や共産党の内部留保取り崩しの話も、企業(退職)年金の喪失の確保要求にすぎないと思われる節が感じられるからです。
 日本航空の問題も本業より、企業(退職)年金の取扱が真の狙いであったのだろうと。
 
 東芝を参考に2010年第2四半期の決算情報における、年金負債調整額(年金基金の積立不足を意味し、母体企業が年金基金に追加的に拠出しなければならない金額)は△290,552百万円となるのも、退職年齢の引き上げにより、IFRS(国際会計基準)における、利益(純資産)の増減への影響によるもののよううけとれますが、この部分の会計の取扱が、デフレの一因と金融資本主義ら走らざるを得ない部分なのかもしれません。

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