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2011年1月12日 (水)

伊勢神宮参拝記(三)

十二月九日

 伊勢市駅から門前町を歩いて十分くらいすると広い駐車場と玉砂利をしいた広場があり、奥にこんもりとした森が見えます。伊勢神宮の外宮です。外宮に祀られているのは豊受大御神と行って食べ物を作る神様です。

 外宮の方は山から遠い平地にあるので、参道も平らで歩きやすく、広々としていました。立派な杉や檜の大木が林立する鎮守の杜を歩いていると、どことなく心が落ち着いてくる気がしてきます。

 伊勢神宮のお宮はご存知の通り二十年に一度建て替えるので、ものすごく古いわけでもなく、建築物自体には特にすごい意匠が施されてあるわけでもありません。けれども中にいるとなぜか敬虔な気持ちになってきます。ほかの神社と比べるとむしろ新しいとも言えるあのお宮がありがたい気がしてくるので不思議です。

 パワースポットという表現はあまり好きではないのですが、やはり宗教は理念を学んだだけでは理解したことにはならず、聖地にお参りして感じないとわからないことがあると思います。

 摂社の多賀宮、土宮、月夜見宮、風宮にもお参りしました。続いて内宮に向かいます。外宮と内宮の間にはバスが一時間に数本走っているのですが、距離感覚をつかみたいので歩くことにしました。

 来た道の方へは行かずに、一の鳥居から直線的に進む道がありましたのでそっちへ行くと、厚生小学校の先に月読宮がありました。多分内宮と対応しているのでしょう。こちらも小さいながらもおもむきのある佇まいでした。このような小さな神社でもきちんと管理の人が一人いたのはさすが伊勢だと思いました。

 実は地図なぞ全然確かめずにぶっつけ本番で伊勢に行きました。勘に頼って鉄道を渡り、古い道っぽいところ(道幅やほかの道路の交わり具合で何となくわかる)を闇雲に南に向かって歩き、途中で道がわからなくなったらコンビニで地図をのぞくという方針で歩いているうちに、いつの間にか再び鉄道をくぐり、なんだか整備され遊歩道に出ました。

 あとからこの道は御幸道路だったことがわかりました。この辺りはずっと登りで、三十分も歩いていると体が温まってきて、コートはいらないほどでした。

 半分くらい歩いたところに、倭姫宮がありました。詳しいことは知らないのですが、倭姫は垂仁天皇の頃の人物で、大和の地から天照大神の安住の地を探して近畿地方南部の山中を彷徨し、伊勢の山田の地を見つけて宮を定めた人だったと思います。

 基本的には、天照大神を信仰する氏族の聖地を権威付けする神話だろうとは思うのですが、天照大神信仰成立に際しての政治的な事情とかも反映されていそうな気もします。そもそも大和の神様は出雲系で海部系の天照大神ではないんですよね。でも神話を見る限りでは天皇家は出雲よりも海部族とのつながりが深いわけで。天皇家が信仰する神は、天武天皇の時代に伊勢神宮が確立するまで、揺れ動いていました。

 こんな神社があるとは全然知りませんでした。バスだったら気がつかなかったわけで、歩いたかいがあったという物です。周囲には神道博物館や皇學館があります。今回は時間がありませんでしたが、また機会があったら寄ってみたいです。

 さらに三十分くらいずっと下っていくと猿田彦神社がありました。猿田彦は天津神ではなかったと思うのですが、天孫系の神様と関わりが深い神様です。

 この猿田彦神社は宇治の土着の氏族の祖先神なのだそうです。関東には帰化人系の猿田彦神社もあり、出雲にも猿田彦神社があります。猿田彦というのもどこにでもいて、何やら不思議な神様だと思いました。

 このあと少し道に迷ったりもしたのですが、外宮を出発してから約二時間で内宮にたどり着きました。さすがこちらが本尊だけあって、人や車もたくさん集まっておりなんだかにぎやかです。

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