黄子方座
黄子方座、春秋早期晩段、河南省光山宝相寺出土
(金文)黄子、黄夫人孟姫に器を作る。則ち永く□
(和訳)黄子が妻の孟姫のためにこの器を作った。永く(宝とせよ)。
(解説)河南省信陽市光山は河南省と安徽省と湖北省の境目に当たる地域です。春秋時代地図によるとそこは新蔡の南で黄という邑がありました。南西に千キロメートルほどいくと楚、東に千キロメートルいくと呉ですが、その周囲は何もなく春秋時代には西周の最前線でした。
ということはおそらく黄は西周時代には淮夷であり、西周の攻撃を受けて降伏し、同化したのではないかと考えられます。駒父盨に登場する「菫夷(きんい)」かもしれません。音が似ています("き"は訓読みのようですが、元々は大陸の読みだったと聞いたことがあります)。これがおそらく九夷の一つ黄夷なのでしょう。
山東省にも黄県という地名があって古い銅器が出土していますが、こちらの方は、時代が西周のはじめで啓が王に従って遠征をしたという内容ですので、これは微子啓の銅器と考えられますので、黄夷とは別でしょう。
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