« 日本神話の星座的解釈(九) | トップページ | 日本神話の星座的解釈(三) »

2011年5月12日 (木)

易経勝手読み(十二)・・・地山謙

 地山謙、これも後世に美徳とされた「謙」(謙遜、謙譲)のイメージが強すぎるために誤解されている卦です。地山謙の白文を読んだことがある人は、謙譲を説いているはずの地山謙の爻辞が軍事的色彩を帯びているのに疑問を持つはずです。

 地山謙の爻辞はいわば軍歌です。易経の中にはいくつか詩が含まれています。これらの詩を本とした卦は雷地予や山風蠱のような物尽くしとは別の系統の資料から作られた卦です。物尽くし系の卦よりは新しいのではないかと私は考えています。

 「字統」によりますと、謙は秦以前にはほとんど用例がない文字だそうです。しかし盈(みちる)と対比して使われることが多いそうです。これは地山謙の彖伝の中にも見られます。彖伝では月の盈ち虧けや山の浸食などを例に取り、突出したところから取って足りないところを埋める行為を「謙」だといっています。

 謙という文字の秦以前の用例がないと言うことは、易経が春秋時代にできた頃はこの卦は「兼」だったと考えられます。「字統」によると「兼」とは複数の稲藁を手で握りしめることとあります。

 卦辞には「君子有終」とあります。「終」の原義は結びつけられた二本の糸です。「兼」は細い複数の物を握るという意味です。地山謙の爻辞を読むと「謙を鳴らせ」「謙をふるえ」などとあり、「兼」とはどうやら握って振り回したリ音を出したりする物で軍隊で指揮官が使用する物体のようです。

 すなわち、兼(ここからは「謙」ではなく「兼」にします)とは「軍配」もしくは「鞭」ではないでしょうか。そして「兼」とは本来は、「戦争に勝って豊かな国を略奪する」ことを意味するのだと思います。「兼併」という熟語にかろうじてその意味が残っています。

 これに対比されるのが「盈」で、これは内実を豊かにしていく行為だと思います。

 なんとまあ、後世の謙譲とは偉い違いです。

地山兼(15)


兼を兼ふ君子   (お殿様は出陣の鞭をふるう)
もって大川を渉る (敵前を渡河する)
兼を鳴らせ    (さあ鞭を鳴らせ)
兼を労む君子  (お殿様は鞭を火で清める)
兼を為るへ    (さあ鞭を振り回せ)
以てその隣を富ませず(隣国を略奪しまくれ)
侵伐に利用す  (今こそ攻め込もう)
兼を鳴らせ   (さあ鞭を鳴らせ)
行師に利用す  (行進だ)
邑国を征せよ  (敵のお城を征服せよ)

« 日本神話の星座的解釈(九) | トップページ | 日本神話の星座的解釈(三) »

易経・春秋」カテゴリの記事

コメント

すばらしいです。
ぺっちゃんさん、天才。
目から鱗の解釈です。

謙譲だの、謙遜だの、まぬけなことを言っていた
易者涙目、ざまあ、って感じで痛快ですw

「鎌」ってのもふるう感じなので
きっとそういうものなんでしょうね。

春秋時代(孔子が生きた時代)に付け加えられたと考えられる卦辞とか彖伝を読むに、易経の原義はその頃は既に分からなくなりつつあり、戦国時代(荀子の時代)には陰陽を使った解釈が始まりますので、二千年前には、儒教的道徳で理解できない部分については全く知識が失われてしまったのだと思います。

易経は道徳とは関係のない、西周時代のハウツー本でしょうから、書いてあることは卑近なんですよね。結婚の申し込み方とか、親の葬式の出し方とか、当時の流行歌とか。

無理して道徳的に理解しようとするから苦しくなるのだと思います。

しかし、卑近なだけにかえって古代人の生々しい思想が伝わってきます。だから易経が思想書だというのはあながち外れでもないんですよね。

でもその思想は儒教のこちこちの思想ではなく、山奥の文明化されていない土人が持っているような、土着的でたくましい思想なのだと思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173723/51647208

この記事へのトラックバック一覧です: 易経勝手読み(十二)・・・地山謙:

« 日本神話の星座的解釈(九) | トップページ | 日本神話の星座的解釈(三) »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ