静(皀殳)
静(皀殳)、西周前期、出土地不明
(金文)隹れ六月初吉、王(方)京にあり。丁卯、王静に命じて学宮に(司)射せしむ。小子と服と小臣と夷僕、射を学ふ(ならふ)。ここに八月初吉庚寅、王呉□・呂剛を以いて(ひきいて)、・・・邦周を御し、大池射す。静学へて(をしへて)、斁ること(やぶること)無し。王静に鞞豕を易ふ。静敢へて拝して稽首し、天子の丕顕なる休に対揚して、用て文母外姞の奠(皀殳)を作る。子々孫々、それ萬年まで用ひよ。
(和訳)六月初吉、王は(方)京にあり、丁卯、王は静に学宮における郷射の司会を命じた。小子と服と小臣と夷僕とが射事を習った。八月庚寅、王は呉□・呂剛を会して、大池に競射を行ったが、静の指導には遺漏がなかった。それで王は剣帯に用いる鞞豕を賜った。静は王休にこたえて文母外姞の器を作ったのである。(訳文、二玄社「金文」より)
(解説)(方:上から草冠+方+廾)京は周の神都。そこに辟雍があり、学宮や大池など、儀礼を行う施設があった。小子・小臣などはみな東方系の身分称号で、この種の儀礼には東方の族も参加した。詩に殷士膚敏、京に裸将すと歌われている物がそれである。静には他にも射で褒美を得て器を作っている例がある。従って静もまた東方出自の者である。(解説、二玄社「金文」より)
東夷が射撃に優れ、宮廷で開かれる儀礼で射撃を披露していたことが分かります。日本の朝廷でも射撃の武術は、魔除けとして重視されました。
静卣。西周前期、出土地不明
(金文)隹れ四月初吉丙寅、王(方)京に在り。王静に弓を易ふ。静拝して稽首し敢へて王の休に対揚して、用て宗彜を作る。それ子々孫々、永く宝用せよ。
(和訳)四月の初吉丙寅の日、王は方京にいらっしゃった。その時に静に弓を賜った。静は王休にこたえて宝器を作った。子々孫々、これを家宝として大事にしなさい。
(解説)同じく静に与えられた銅器。
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