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2011年7月29日 (金)

易経勝手読み(十七)・・・天雷无妄

六月二十九日

 「无」という字は「無」という意味で使われていますが、元々の字形は亡と人であり、きちんと埋葬されていない死体を意味します。「妄」もまたきちんと埋葬されていない女性の死体から発揮される呪いの力を意味しますので、「无妄」は異常な埋葬をされた死体を意味する漢字を二つ重ねていると言うことになります。

 従来は无は無と読まれてきたので、无妄とは妄執がない状態で純粋な心を意味するのだと解釈されてきました。しかし无も妄も原義はきちんと埋葬されていない死体であり、死体がもたらす災いです。

 无妄の爻辞には眚有りとか、邑人の災いなどとあり、とてもではありませんがめでたいことを表した卦とは私には思えません。おそらく无妄は死体が積み上げられる異常事態であり、伝染病か飢饉を表していると考えられます。

 ではなぜ天(巫祝、シャーマン)と雷(激しい音)と伝染病が結びつくのかというと、昔は伝染病は悪霊による災いと考えられていたため、伝染病を収束させるために、シャーマンが大げさに騒ぐ祭が行われていたからです。実際祇園祭は伝染病を追い出すための祭ですし、また祭で御神輿を激しく担ぐ理由(朝鮮半島の葬儀が元)は、激しくご神体や死体を運ぶことによって、霊の方向感覚を狂わせて、元いた場所に帰ってこないようにさせるためです。

 无妄の第五爻に「喜びあらん」とありますが、「字統」によると「喜」とは鼓と口が合わさってできた漢字であり、神様を喜ばせるために太鼓を叩いて騒ぐことを意味する漢字なので、これまた无妄が派手に騒ぐことで悪霊を追い出すことの傍証となります。

 「眚」とは微罪を侵した人間のことであり、罪人を使って霊的に危険な業務をやらせるのは世界中で行われてきたことです。日本でも検非違使は罪人を使って、掃除や犯罪者の取り締まりなどの、当時で言うところの危険な業務を行っていました。古代支那でも、罪人や異民族を生け贄としていました。

 天雷无妄とは伝染病の悪霊を追い出すためのお祭りを表した卦でしょう。

无妄は耕穫せず、菑畬せず
无妄の災い、或に繋がれた牛
行く人の得、邑人の災い
无妄の疾、薬するなかれ喜びあり
无妄の行い、眚あらん

伝染病が襲ってくると、耕すことも収穫することもできなくなり、開拓もできなくなる。
伝染病の災いに襲われたら、牛は柵に繋がれたままになって鋤を引かなくなり、
人々は病気から逃げるために故郷を捨てざるを得なくなり、人口密集地は病気が蔓延する
伝染病は(悪霊が原因なので)薬では治らない、大騒ぎする祭で悪霊を追い出さなければならない
无妄の祭祀は罪人を使って行う(罪人に悪霊をなすりつける)

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