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2011年8月 3日 (水)

易経勝手読み(二十)・・・風水渙

七月四日

 白川静の字統によると「奐」は分娩を表す「免」と左右の手を表す「廾(きょう)」が組み合わさってできた文字で、出産するときに子供を取り上げることを表しています。

 天風姤、風火火人、風睪中孚、風山漸と「風」に関わる卦は女性が関連している物が多い傾向がありますので風水渙は「奐」の原義の通り、出産を意味する卦でしょう。風が女性で、そこから水が出てくるので破水、出産というわけです。

拯ふに馬爿をもってす
その机に奐奔す
その身を奐す
その群を奐す
奐は丘あり
夷の思ふところに匪ず
奐は汗しそれ大いに号す
王居に奐す
奐はそれ血
狄を出で去る

産婆は妊婦を大きなベッドに寝かせて出産を待つ
足をまげて仰向けになる
陣痛で妊婦が身をよじる
妊婦と新生児を悪霊から守るために大勢で叫ぶ
家の中の小高い場所で叫ぶ
野蛮人が分けもなく喚くように叫ぶ
妊婦が汗を流し叫び声を上げる
新生児が産声を上げる
出産では出血がある
後産を妊婦から取り出す

 用拯馬壯は地火明夷の六二でも登場する語句です。以前の易経勝手読みでは用拯馬壯とは周の武王が箕子を助けたことを意味していたのではないかと解釈しましたが、風水渙では助産婦を意味しているようなので、あるいは地火明夷の六二も「箕子は帝辛(商の紂王)の乳父(めのと)であった」と解釈するべきなのかもしれません。

 壯はおそらく元々はベッドを意味する爿だけだったと考えられます。馬爿とは馬のように大きなベッドという意味でしょう。分娩台です。

 「群を奐す」が私が風水渙を出産と断定した決め手です。平安時代の貴族の出産に際しては、隼人(南九州の被征服民)が悪霊を追い払うために夜通し屋敷の中で叫んだという記述があります。人生や季節の変わり目では、人や自然は無防備な状態になりますので、古代人はあるときは閑かにして悪霊の目を逃れようとし(水睪即)、またあるときは大騒ぎをして悪霊を追い払おうとしました(兌為睪、風水渙、天雷无妄)。風水渙のこの語句も、そのような古い風習を表しているのでしょう。

 「奐は汗しそれ大いに号す」はまさしく出産そのものです。「王居に奐す」があまりよく分かりませんが、産声を王の声と表現しているのかもしれません。或いは下の「咎なし」と組み合わせて、王宮内で女官が突発的に出産をしてもとがめてはならないという意味かもしれません。

 「奐はそれ血、狄を出し去る」は後産でしょう。狄は胎盤ではないかと考えられます。確かに動物の皮のように見えないこともありません。

 当たり前の事ながら、出産に今も昔もありません。三千年前も今と全く同じ光景が繰り広げられていたのです。今の人は群れをなして叫んだりしないよ、といわれるかもしれませんが、産室の前でうろうろする父親などは似たような物です。昔の男どもも、居ても立っても居られなくて、けれども女たちにとっては邪魔で仕方がないので、悪霊を追い払うために外で叫んでろ、といって追い出されたのかもしれません。

 このような古代人の日常生活が赤裸々に記録されているのが「易経」の醍醐味です。古代エジプトやメソポタミアにもない希有な書物なのです。

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