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2011年8月29日 (月)

易経勝手読み(三十)・・・水雷屯

八月一日

 水雷屯は、震雷を事物が生じる胎動とみなし、それが坎水すなわち困難の下にあるので、生まれいずる苦しみを表しているとされています。屯という字がなんとなく植物の芽に似ているのと、上六に泣血漣如なんておどろおどろしい熟語があるからそのような解釈が生まれたのでしょう。

 水雷屯の卦辞には婚媾(結婚)という単語が二度登場します。素直に結婚式のことを表した卦と解釈するべきだと思います。

 そもそも屯とは、紐を結んで作った縁飾りで(エルビス・プレスリーとかスター錦野の袖を思いだそう!)、金文には功労があった臣への褒美の衣装を表す語として出てくることがあり、当時の式服には縁飾りが付いていたらしいことが分かります。屯とはおそらく花嫁衣装(もしくは花婿の衣装)ではないかと考えられます。

 六二に屯如邅如とあります。亶に木偏をつけた文字は栴檀です。栴檀の葉や根からは芳香剤や除虫剤が作られます。字統によると亶に肉づきをつけた膻には異臭という意味があるそうです。亶にはどうやら「香り」という意味があるようですので、屯如邅如とは良い香りのする花嫁衣装という意味でしょう。

 九五には屯其膏とあります。脂は牛や羊の脂で、膏は豚の脂です。凝脂という言葉が支那にはあります。豚の脂のように白くてきめ細やかな肌という意味で、色白を褒める言葉です。屯其膏とは豚の脂のように真っ白な花嫁衣装という意味でしょう。

 古来より不可解であった乗馬班如ですが、これが水雷屯が結婚式の卦であることの決め手となります。班とは紐を通した一連の玉飾りを切る形象文字で、ひとそろい、並んだ、という意味があります。ですので乗馬班如は、花婿と花嫁が仲良く並んで馬に乗るという意味でしょう。

 このようなわけで、水雷屯は結婚式の卦です。確かに結婚式は長い夫婦生活の始まりであり、そこから生まれいづる困難という風に卦の意味が変化していったのだと考えられます。

 文章の繋がりや、西周時代に屯(縁飾り)の衣装が武官に褒美として下賜されていることから、どうも正しくは花嫁衣装ではなくて、花婿衣装と解釈した方が原文に忠実と考えられるのですが、現代の日本人にもイメージしやすいように、現代語訳では花嫁衣装としておきます。

磐のように恒なれ
屯の如く邅の如く
馬に乗ること班の如し
寇するにあらず婚媾せんとす
女子は貞ひて(うらなひて)字せず(あざなせず)
十年にて乃ち字す
鹿なら即き虞なら无し
林中に入りて惟ふ(おもふ)
君子幾ひて(はらひて)舎にしかず
馬に乗ること班の如し
婚媾を求む
屯は其れ膏
馬に乗ること班の如し
泣血漣のごとし

石のように固く月の満ち欠けのように途絶えぬように
良い香りのする花嫁衣装
花婿と花嫁が並んで馬を走らせる
略奪ではない正式な結婚なのだ
女は元服の時期を占いで決めたりはしない
十歳になれば成人だ(女の子はすぐに大人になる)
獲物が鹿なら結婚は祝福され虞なら祝福されない
結納の獲物を得るために(神意を探るために)
 花婿は林に入って狩りをする
旦那様は矛で悪霊を祓い、
 結婚の申込書を蓋をしない器に入れて
花婿と花嫁が並んで馬を走らせる
花嫁の家に結婚の申し込みに行く
豚の脂のように真っ白な花嫁衣装
花婿と花嫁が並んで馬を走らせる
家族との別れに花嫁は涙を滝のように流す

 興味深いことに、嫁取り婚を表す水雷屯のすぐ後には山水蒙があり、これは前にも分析したように東夷の婿取り婚を表す卦なのです。

 水雷屯と山水蒙、嫁取り婚と婿取り婚がセットになっています。私は初め、易は文章の順序に混乱があると考えていたのですが、易は順番を含めて、古い時代の形をよく保存した書物なのかもしれません。

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